第173話 緊急
カヌムの家の様子を見に行く。特に変わりもなく、屋根裏部屋に大福の姿もなく。雨の日は高確率でいるんだけど、今日は晴れてるからな。
アッシュと遠駆けの約束はないけど、たまには一人でルタを走らせるのもいいかな。そう思ってのこのこ貸し馬屋に行く。
「ルタ、おはよう」
相変わらず脱走しているルタと挨拶を交わし、貸し馬屋の親父に用意してもらった鞍を置く。
「そういえばルタと仲がいい馬っていますか?」
親父に心づけを渡しながら聞く。一匹というのも寂しいだろうから、馬場ができたら二頭引き取るのもありだろう。
「最近預かった……」
言いかけた親父の言葉にかぶってバキッという破壊音。そしてルタに駆け寄ってくる白馬。
「これとよく一緒にいる」
えーと、脱走仲間か?
噛んでるんだか甘噛みなのか判断に困るやりとりをする二匹を眺める。馬にも喧嘩友達的仲ってあるのか? なんか親父の顔に心労のような諦めのような表情が張り付いてる。うちのルタがすみません。
「預かりものの馬じゃ連れ出せないしな、どうしよう」
遠駆けに行くつもりだったが、なんか一匹残していくのも悪い気がする俺だ。
「こんにちは、君がルタの持ち主だね?」
……。
白馬が走り寄って現れた人物に甘える。
「ああ。こんにちは」
そうですよね! 馬を預かるっていったら馬に乗ってきた持ち主がいるわけで、手入れされたルタと同じような体型の馬って軍馬系ですよね。
美形、だが顎から上の遺伝子が強ずぎる! 明らかにクリスの弟くんですね。そうか、冒険者ギルドだけじゃなくってここも遭遇危険地帯だったか。
「オルフェーブルは僕の愛馬でね、ルタと仲良くさせてもらっている」
やばい普通のキラキラ系の騎士だ。
何がやばいかって、なんかクリスのキラキラの方が親しみが持てる俺の感覚だ。最初どんびいてた記憶があるのに、いつの間にか慣れてた……っ!
で、なんで俺はクリスの弟くんと遠駆けに来ているのでしょうか? お互い愛馬からの圧に屈した結果なんだけどね。
ルタとオルフェが張り合ったおかげで、道中は無言で済んだけど。鹿よりましだったけど、俺が平気だと見るやスピード上げるのやめてください。
「君はなかなかの乗り手だね」
「いや、ルタ任せなだけです」
なんで顎割れてないの? やっぱりクリスの顎割れは精霊のせいなの?
「君は冒険者なのかな?」
「登録はしていますが、あまり活動はしていないんです」
ちょっと精霊みてみたら顎に精霊いたああああああああああっっ!!!
「僕の兄も冒険者でね、カヌムにいる間は少し手伝いをしているよ」
「当てましょうか、クリスでしょう?」
割れるの? 弟くんも割れるの? オトガイ筋が発達するの?
「よく似ていると言われるよ、それに我が兄上殿は有名人のようだ」
「頼りにされていますよ」
あ、この精霊、割れ目じゃなくって顎のラインを楽しんでる。やたら整った輪郭はこのせいか?
とりあえず当たり障りのない穏やかな会話を交わし、休憩時間を乗り切る。アッシュとの遠駆けならここで昼なんだが、昼の時間には早いし弁当を出すわけにもいかない。皮袋から蜂蜜酒を飲んで終了。
弟くんにリード=イーズと正式に名乗られたので、こちらもおとなしく名乗りましたよ? また街中というか貸し馬屋で会うかもしれないし。人間はともかく、ルタとも会えないのはなあ。
「オルフェと仲がいいようだったんで引き取ろうと思ったのだが、残念だけどその様子では無理だね」
同じことを考えていたらしい。
ちょっと親近感を持ちつつ、戻った貸し馬屋で並んでルタのお手入れ。どうしてこうなった。
「では僕はこれで、機会があればまた」
「機会があれば」
貸し馬屋でリードと別れる。
どう考えても帰る方向が一緒っぽいが、俺は商業ギルドに寄って回復薬を納入。これで裏口から戻ればセーフである。
今日の昼は何を食べようかな。でっかいエビを茹でるか焼くかしてマヨネーズをつけてガブッとやろうか。
ふんふんしながら裏口に手をかけたところで、お隣に拉致された。
「なんだ?」
「ちと緊急」
安堵したようなディノッソ。
「捕まってよかったわ」
困ったように笑っているシヴァ。
「ジーン! 私、求婚されちゃったの!」
ティナが抱きついてくる。
「はい?」
球根? いや、それじゃ文章が変だ。吸魂する魔物なんてこのへんにいたか?
「お姉ちゃん、騎士様に結婚申し込まれたの〜」
「クリスの兄弟〜」
双子がたたみかけながら抱きついてくる。
「はい?」
「ちゃんとジーンが好きって断ったから」
思わずディノッソの顔を見る。あの爽やかイケメン変態だったの?
「そっちも緊急だが、そうじゃねぇ。アッシュの方だ」
「うん?」
まさか二股!?
「アッシュに王家と公爵家から帰還命令が出た。持ってきたのはクリスの弟だ」
「えええ?」
お家騒動は
あの爽やか変態、余計な話をもってきやがって。――アッシュはどうするんだろう?
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