第181話 塔

 石工に何枚かデザインを見せてもらう。


「こんな細かいの、彫れるのか?」

また時間がかかるんじゃないだろうか。そして窓は開くんだろうか。


「はい、もちろんでございます。ぜひ!」

石工が答える。


「納期は?」

「全体の納期からひと月、いえ、半月ほど伸ばしていただければ納めてみせます」

元の納期から半月か。ずっと徹夜でもする気か? 


 話を聞いたらこの石工はもう少し北の出で、子供の頃こういう窓を見てもっと俺ならこうするのに、みたいな感じで色々思い描いて石工になったのだそうだ。


「で、こっちで石工になったら窓に鎧戸がついてた、と」

こっちは暑いので通常窓は小さめ。陽を入れると温度が上がるので、昼間は鎧戸を閉めて陽が落ちた夜に開け放つ。


「はい……」


 鎧戸や、窓辺に花を飾る鉄の柵みたいなやつはけっこう意匠を凝らしたものもあるけど、窓自体はシンプルな形。あまり装飾をしているのは見たことがない。


「納期は延びてもいいから、こういうのも作らないか?」

こうきたらバラ窓、バラ窓。


「また金のかかることを……」

あーあー、聞こえない聞こえない。


 キールの声を無視して石工と話し込む俺。吹き抜けのホールにバラ窓とこの石工の作りたい窓を設置する方向。元の世界のどっかの教会みたいだが、面倒なのでガラスに色はいれないし、聖人像もない。


 石橋を渡って左右に門塔のある城門館じょうもんやかたから中庭――こっちでは城壁の中は中庭と呼ぶらしい――に入って、正面がこのホールのある建物だ。


 左右にはそれぞれ女性と男性従業員の館がある。淑女と騎士の館が独立してるのが今の流行りなんだそうだ。俺の興味のない部分はざっくり希望を伝え、確認はするけどあとは金銀とソレイユ、職人たちに任せてある。自分一人ならともかく、大勢で暮らすために何が必要かさっぱりだし。


 中庭に面した城壁にくっついた鍛冶場や炊事場、一般の兵や下働きがいる場所は扉や窓の建具をつければもう使えるし、実際炊事場で働いている者たちへの炊き出しが始まっている。


 城壁と一緒になっている建物はともかくとして、メインの建物はガラスをふんだんに使う。遮熱ガラスだから多少外が暑くても大丈夫、明るい建物になるだろう。


 防犯がとか敵に攻められた時に、と注意を受けてそうなった。日本と違ってこっちは泥棒も荒っぽいのは学習済み。ここにもやたら細い窓があると思ってたら矢窓だったり、城門の上には石を落とす穴があったりと海の上だというのに昔はさらに物騒だった名残があちこちにある。


 遮熱にプラスしてヴァンが影響を与えたアホみたいに丈夫なガラスは、俺が使う分より多い。防犯を考えて城門館と城主代理を頼んだソレイユの執務室かな?


 俺が使う予定の場所も土台はできたみたいだからこれから色々手を入れよう。森の家を作るのも佳境だし、ちょっと忙しい。


「本当にこの塔でよろしいのですか?」

「だいぶ端というか、警戒に当たる兵士の詰所じゃないか?」

「ここがいい」


 俺の選んだ場所は、南東側の崖に張り付いたような塔。島の端っこなので広い範囲の海が見える。キールの言う通り、本来は海からくる敵を見張るための施設なのだと思う。俺のドラゴン見物の場所としてはぴったりだろう。


「抜け道があれば本館を囮にして逃げる場所としてはちょうどいいが……」


 ぎくっ。


 塔はいくつかあるんだけど、城塞の崖下にある船着場から直接来られる隠し通路みたいな雰囲気の通路を見つけて、この塔に居場所を決めた。大人がやっと通れるくらいのむき出しの岩の狭く暗い通路、テンションあがる!


 職人を入れる前に偽装して本当に隠し通路にしといた。もしかしたら島民は知ってるかもしれないけど、隠し通路です。すでに銀にバレそうだけど隠し通路です。


 計画としては一番海に近い下の階の壁にぐるりとガラス窓をつける。普通のガラスではフレームを入れても耐久がやばいのだろうけど、ヴァンのガラスは丈夫なので塔の石積みに十分すぎるほど耐える。むしろ石より丈夫。


 作ったガラスは幅はそんなにないけど、長さはある。床近くから天井までの窓で囲まれた部屋はなかなか壮観になるんじゃないかとちょっと楽しみ。


防犯われないガラス、余るからソレイユの執務室とか城門館に回していいぞ」

「ありがとうございます」

アウロとソレイユの趣味はいいし、アウロとキールの防犯意識は高い。二人は襲撃された過去があることを考えると、微妙な気分だが。


 下はドラゴンというより海の風景を楽しむ場所。空気の澄んだ季節なら遠い対岸にドラゴンの住む大陸がうっすら見える、内海なので波は普段穏やかだ。嵐の日、海の中に魔物がうねると大荒れになるらしいけれど、まだ見たことがない。


 真ん中より上くらいに、もう一箇所同じようなガラス窓の部屋。こっちがドラゴンの観察部屋兼、寝室。ごろごろしながら気長にドラゴンが近くを飛ぶのを待つつもりだ。


 飛んでいるのを見つける前に、ドラゴンの大陸にいっちゃいそうだけど。それはそれ、これはこれだ。


 本館から繋がる入り口付近には客に会う部屋を一応作っとくか。あとはダイニングキッチンがあればいいかな。


 上機嫌で計画を立てながら塔を見て回る。塔の出っ張り、海にそのまま落ちるダイナミックなトイレは見て見ぬ振りをした。海風が尻にしみたりしないんだろうか?


 いかん、建築計画のトイレチェックをもう一回しよう。あと水回りもか。ああ、網戸どうしようかな? こっちは水が豊かとは言えず、雨も少ないので水たまりをほとんどみない。ボウフラが住めないので街の中に蚊はほぼいないんだけど、水路いっぱい作る予定だからな。


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