第359話 思いがけず役立つ
「こちらは?」
「知らん。精霊が植物を植えて欲しがったんで植えた。育成中で花はまだだな」
アウロに答える俺。
精霊がなんか種を持ってきたんで、それをそのまま蒔いた。今のところ藤が一番近いかな? 黄緑色の柔らかそうな葉が蔓についている。だが、藤にしては細かく枝分かれしてこんもりしている気がする。それが、格子の間からこぼれ出て、下に伸びている。
大した手入れもしていないのに、潮風にも負けずに丈夫。そういえば、この島は海辺こそ潮風が吹いているが、冷たい流水から生まれた、涼風の精霊、葉風やそよ風の精霊が幅を利かせているので、潮風に晒される場所は存外少ない。
ここの潮風は、ペタペタしなくって爽やかだからいいんだけどね。
「次は作業場だな」
海鳥くんに別れを告げて、階段を一列になって降りる。また、戻るときに会うけど。
作業場と俺のコレクション棚の部屋。ほかの部屋より倍近く天井が高いのだが、なにせ天井まで届く棚でいっぱいなので、開放感はあまりない。階段の途中から棚の上の方を見るための通路がついている。
「空中回廊? 短いけれど、どうやって架けたのかわからない構造ね。それに美しい」
ソレイユが階段の降り口から見下ろして言う。
淡い光の精霊灯が、大小様々、あちこちにつけられて陰影を落としている。作業部屋にしてはムーディーな明かりだが、十分な明かりだ。黒目でなくなったせいなのか、むしろナルアディード周辺では昼の光が眩しすぎると感じるくらい。
「ずいぶん印象が変わりましたね」
アウロ。
「ソレイユ様、つかえております」
ファラミアが声をかけ、ソレイユがゆっくり動き始める。
「大丈夫、もうここも床、床を見ているから……。ルームシューズを頂戴!」
小さく呟いた後、力強い声でルームシューズを要求してくるソレイユ。
「ああ、はいはい」
石壁についた小さな扉を開けると、ルームシューズ置き場。階段が狭いのでスリッパではなく、踵を覆うかぽかぽ抜けないやつだ。
「どうぞ」
人数分、ファラミアが床に揃えてくれる。
この作業場も地の民の手が大々的に入って、美しく便利になった。棚につけたレールに沿って動く梯子もある。
ソレイユが言う空中回廊や、階段の手すりは精霊鉄化し始めているブラックアイアン。棚や梯子などの木製部分は女神の巨木製。作業場なのに、ここが一番時間がかかった。
あ、棚を動かすと隠し部屋、隠し部屋の棚を動かすと隠し通路になりました。案内はしないけどな!
「まって、棚の中に適当に置かれた物が、片っぱしから適当に置かれていいものではない気がするの……」
ソレイユがぷるぷるし始めた!
さっそくちょっと並べて見たのだが、適当だと言われた。格好良く見えるように角度とか気を使ったのに。
「こちらは魔法陣用のインクでしょうか? これだけで見ずにはおれない気配を放っているようです」
アウロが見つめているインクは、魔法陣用で正解。
まだ文字を描く前だというのに、精霊がタカっていることが多いので、精霊を寄せて特定の効果を出すよう願う魔法陣用としては優秀だと思う。
神々から貰ったインクの材料は加工がまだなんだけど、あれは『家』で加工しようと思っている。これよりさらにタカられるとか、何かおかしなことが起きても対応できるように。
「こっちはエスの……」
よろよろしながら棚を見てゆくソレイユ。
「おい、魔石が玉石混淆で適当に箱に突っ込まれてるぞ」
「色分けはしてあるだろ」
キールの文句に答える俺。並べるの飽きたというか、その辺は思い出コレクションではなく、何か作るときの素材置き場だ。
「うう。一つずつ専用のケースに収まっているべきものが、すり潰して使うような魔石と一緒に放り込ま……」
ソレイユがへなへなと座り込む前に、膝の下にクッションが差し入れられる。
ファラミア、絶妙なタイミングと位置どりだな。
キールがふらふらしているソレイユを支え、一番下の精霊鉄で支えられたガラス窓で囲まれる場所に移動。
「そういえば、海運ギルドからお礼を言われたわ。この塔に明かりがついてから、ナルアディード近辺での座礁が減ったそうよ」
ソレイユ復活。顔色はまだ青いけど、ちゃんと立った。
「この島の明かりを目印に、浅瀬と岩礁の場所を割り出しているのでしょう。ナルアディードには夜も船が着きますし、朝を待ち、離れたところに停泊する船も、船同士が起こす波に押されて思いの外動いてしまうこともあります」
アウロが言う。
この島周辺ほどではないが、タリアとカヴィル半島に挟まれた海域は、ちょっと小島とか半島に寄ると岩礁があったり、砂の溜まった洲があったりする。
ナルアディードとうちの島以外は、まず使う明かりが小さいし少ない。そして、一晩中ついているわけではない。
その点、俺の塔はあれだ。魔石をいちいち外しておくのが面倒で、精霊灯がつけっぱなし。夕方になると魔石と魔法陣に呼ばれて、三々五々集まってくる精霊が、寝床とする丸いガラスの器に収まると淡い光が漏れ出す。
塔にはガラス窓があちこちにあるし、特にこの部屋はほぼ崖の側以外は全面ガラス。
無駄遣いを叱られるかと思っていたが、どうやら灯台の役割を振られたようだ。
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