第511話 海中散歩

『うふ?』

『うん、いいかんじ』


 足を踏み入れると海水が綺麗に避ける。足元に見える貝に触れようと、手を伸ばせば海水は避けずに指先が濡れる。


 よしよし、呼吸のための空気の入れ替えはオッケーだし、俺を中心に丸くある空気の層は、三重構造にしてもらったし、深くても大丈夫。一番外側の空気の層はどんどん空気を取り込んで、水圧で圧縮されてもその分大きくする方向で。


『うふ!』

嬉しそうに笑ううふ。


 うふ――ウフと精霊たちと打ち合わせとも言えない打ち合わせをしていると、沖の方からなんか来た。


『カメ?』

『カメだな! つついていい?』

俺と同じものを見たのか、エクス棒が元気よく言う。


『いや、カメをつつくのはやめとけ』

ウミガメは手足を甲羅にしまえないって聞くし、昔話が不穏です。


 魔物じゃないみたいだし。


 視線の先には二メートルサイズの大きなカメ。戦ったことのある亀の魔物よりは小さいけど、亀としては十分でかい。ううん? これ精霊だな?


『は〜。坊ちゃん、精霊王ですか?』

『たぶん?』

『うふ?』

目の前で半分海水に浸かってこちらを見上げるカメに答える。


『は〜。セイカイ様から迎えを申しつけられたカメです。どうぞ私の背にお乗りください』

後を向くカメ。名前カメなの?


 なんかあれです、後にふさふさがついてるカメです。蓑亀みのがめって言うの? どうやらこのカメがセイカイの言っていた案内らしい。――俺は浦島太郎だろうか。


『ご主人、迎えだってよ!』

『海の中は時間の流れが違うとかいうオチはないよね?』

『は〜。時間というものを気にするタイプの方ですか? 陸と変わらないので安心してください』

カメは気にしないタイプだな? さては。


 鼻から抜ける間延びした「は〜」から話し始めるカメに乗り、海の中にゴー。って、ウフも消えずについてくる。海の中、大丈夫なの? 無理しないでね。


 海の中。


 進むごとに青が濃くなってゆく。暖かい海らしく、色とりどりの魚、光の届く浅い場所には珊瑚や海藻があって、北の湖とはまた違う風景。


 さらに深くなると海藻が姿を消し、珊瑚の種類も変わる。……というか、この珊瑚魔物? 精霊もいる? 


 魚たちの大群が突っ込んできて、俺たちを起点に二つに割れ、また一つに戻る。


『は〜。魔物たちはセイカイ様の命で、他の眷属たちがこのエリアから追い払っています。急ぎだったんで間に合わないのもいますが』

視線の先で、ツノのあるでっかい魚が、がばーーっと、さらにでっかい魚の精霊に飲み込まれている。


 先行してる何体かの精霊が、目の前で魔物を追い払ってくれているようです。というか、飲み込んで平気なのか? 平気っぽいな? 気のせいじゃなく、一回り大きくなった。


『大きな精霊、多いな』

魔物もでっかいけど。捕食がダイナミック!


『は〜。海の中はそうですな』

カメが答える。


『大きくても精霊の力はびっくりするほどじゃねぇぜ。海の外と違って、あんまり大きさと精霊の力の大きさは関係ないんだ、ご主人』

『そうなの?』

エクス棒が教えてくれる。


 エクス棒は豪快に見えて博識。


『うん。大きければ強いってのは、人間の視界が届く範囲での話だな。地中の深いとこなんか、ものすごく小さくって強い精霊がいっぱいだぜ?』


『へえ……』

地中でもぞもぞしてるアリンコを想像しました。


 やっぱり人間の思考の影響も受けてるんだな。精霊は人間がいなくっても関係なく存在してるけど、人間が認識してる精霊の存在の仕方には確実に影響を与えてる。


 影響は与えてるけど、それで制御できるかっていうとそれは別問題だけど。怖れとか自分でも制御できない心の影響もあるだろうしね。


 ジャングルの精霊みたいに、人を拒む雰囲気の精霊もいるし。


 骨だけの魚の姿をした精霊が隣を泳ぎ、オレンジ色の海老の姿の精霊が群舞、ぷっくりしたクラゲみたいな精霊が彷徨い、よくわからない深海魚の姿も。


 濃い青が黒と見分けがつかなくなる頃、色のない細かい光が雪みたいにふわふわと。


 手を伸ばすと手のひらに染みて姿を消す。どうやら『細かいの』が集まったもの? ふくれたもの? よくわからないけど。


 しんとした薄明るい海の中を進む。カメの尻になびく藻が銀色の気泡を散らし、俺を包む空気の入れ替えで、ときどきこぽりと音がする。


 変わらない時間がしばらく続くと、下から大きな気泡が上がる場所にでた。


 かぎろいがあがるように海水が揺れて見える。色々守られてるので平気だが、ここの海水は沸騰しかけ? カメ大丈夫? 茹だらない?


『は〜。ここです。ここの下です』

どうやらカメも大丈夫そう。


 深すぎる海の底はゴツゴツとした岩に、岩の間を埋めるさらさらとした砂。


 穴と言ってもいいような、岩の大きな割れ目がうっすらオレンジに光る。ぼこぼこと大きな気泡があがり、よく見ると気泡の中には小さな精霊。


 気泡越しに覗き込む穴の底はさらに濃いオレンジに歪む。


『うふ』

『ああ、熱関係の精霊を生み出してるって言ってたな』

『つつくか?』

『起きなかったらね』

この穴の底に火の精霊がいるようだ。

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