第348話 修復中

「ノートは双子じゃねぇよな?」

「……もちろんでございます」

レッツェが執事に確認する。


「精霊が肉を得たチェンジリングというより、ありゃ精霊の気配だった、よな?」

「それよりあの物騒な気配!」

ディノッソとハウロン。


「驚いた! 人型であの大きさって、私の認識では神レベルなのだよ!」

クリスは大げさにするの止めて下さい。


「いいか、今度ははっきり言っておく。ジーンに何か確認するのはいいが、実践させたり、試したりするのは止めろ」

「ごめんなさい。つい、見て自分で判断したくなってしまうのよ……」

ハウロンがレッツェに叱られて、眉毛尻を下げている。


 年齢を重ねると眉毛が動くようになるんだろうか? 俺はまだあそこまで動かせない。せいぜい眉間にシワを寄せるくらいで、それもアッシュに負ける。


「ジーンも素直にやって見せなくてもいいからな? まあ、ギルドの連中に素気無くしてたり、商業ギルドの受付に塩対応して自衛してるの知ってるから、強くは言わねぇけど」

ため息をつくレッツェ。


 自衛というか、冒険者ギルドの連中は討伐に付き合えとか、固定パーティー組もうって言ってくるのが面倒で、商業ギルドの受付嬢は隙を見せると恋人通り越して婿候補にされそうなもんで。


「――聞くのはいいのよね? ちょっと、そこで破壊の狼にお手をさせてるジーン! あのノートそっくりなのは何?」

何事か少し考えている様子を見せたあと、ばっと顔をあげて聞いてくるハウロン。


「ハウロン、子犬! 子犬!」

欺瞞ぎまんは良くないわよ!」

慌てるディノッソにきっぱり言うハウロン。


「あれは精霊の名前を書いたメモ帳が、いつの間にか精霊になってた。姿は俺がメモ帳ノートからノートを思い浮かべたからだと思う」

他意はないです。


「メモ帳……。精霊の名前」

「元はメモ帳だけど、いっぱいになったら何冊か束にして装丁して本にしてある」


 ちゃんと革張りの立派な本で、表紙にお揃いの箔押しをして本棚に並べてある。見分けられるように属性ごとに魔石をつけたら、ノートのタイピンがそれになっていた次第。


「なんであんな剣呑な気配なの?」

「多分黒精霊に名付けた名前が書いてあるメモ帳だから?」

剣呑かどうかわからないけど、腹黒そうな雰囲気は三割増しだと思う。


 答えると、頭を抱えて黙り込むハウロン。


「なん……」

「うをっ!」

「なっ」

ハウロン、ディノッソ、執事が同時に声を上げる。


「何だ?」

「何だい?」

不思議そうなレッツェとクリス。


「――うぇ、結構持ってかれた」

魔力がごっそり持って行かれて、いきなりちょっとだるい。


 多分、さっきの微震って精霊界の余波が物質界に来たってことだよな? どこの精霊か知らないが、大規模な威嚇のしあいとか戦いとか止めて欲しい。


 森のノートは、精霊界での影響が『家』にって言ってた。物質界に精霊界で起きたことの影響がすぐに現れるってことはないはず。確か精霊界に偏りができても、物質界に影響が現れるのは徐々にだ。


 でも、もらった『家』は俺の寿命から神々が作り出した、モロに精霊の力で成り立っている場所だ。土地はまあ、セーフとして、建物と【食料庫】から出して植えたものはヤバいんじゃないだろうか。あとは結界か。


 ――どこが壊れたんだろう? トイレだったらどうしていいかわからない。いや、直るのかな? だったらだるいけど、もう少し魔力を持ってってもらってもいいかな。


「いやいやいや、その持ってかれる前の一瞬の魔力解放やばかったからな?」

「本当に。さすがあの数のファイアを出すだけあるわ……。普段、魔力を抑えることはできてるわよ。ただ、急激な力の変動の時に漏れるみたいね、これは制御できるかわからないし、一応後で隠蔽の仕方を教えるわね」

ありがとう、ハウロン。でも今だるい。


 リシュが俺の足に体を預けてくる。小さな体を傾け俺に寄り添う、妙に安心感のある重み。


「大丈夫か?」

「ちょっとだるいけど大丈夫」

レッツェに答えて、お茶を一口。


「それにしても、本体があるにも関わらず主人の元まで飛ぶことができるなんて、相当力の強い精霊ね。あの・・ノートは」

「普通は無理なのかい?」

ハウロンにクリスが聞く。


「契約していれば、本体のない精霊なら条件を整えれば呼び出せるわ。魔力は使うけど。でも本体があると、まず精霊が本体から離れられるようになるところからよ。飛べてもその精霊のテリトリー内だけっていうパターンもあるわね」


 あ、森の執事のテリトリーですここ。あと、森の聖域にもメモ帳は置いてあるが、いっぱいになったメモ帳と装丁したやつは『家』にあるんで、行き来し放題なんだな、さては? 暖炉の精が暖炉を渡り歩くのと似た感じか。


「――リシュ様、せめて私の前ではエクス棒様をかじることをご遠慮いただけると望外の幸せです」

話が途切れたところに、切なそうな執事の声が落ちる。


 リシュを見たら、俺の足元で立て掛けてあったエクス棒をがしがししている。


「自分の姿した精霊よりそっち? そっちが気になるの?」

「王の枝、王の枝に歯型が……っ!」

「ハウロンも!? 運ぶの嫌だし、卒倒するのはやめて!?」

ディノッソが執事とハウロンの間で忙しい。


 大丈夫だ、エクス棒に歯型はつかないから。今回は思ったより怒られなかったので、良しとする。帰って夕寝を決め込もう。

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