第347話 知った顔

「出すなら出すで、あんま雑な呼びかけすんなよ?」

「えっ?」

レッツェに聞き返す俺。


「……」

「……」

無言で俺の顔を見ているレッツェと、レッツェを見ている俺。


「手遅れ、で、ございましょうか?」

「……この場合、逃げるのとお前に張り付いてるのとどっちが安全だ?」

執事の言葉に額を抑えるレッツェ。


「やべーのが来るの? 誰が来る――神々か!?」

「何を言ってるのよ、神々は守護を与えているだけでしょう?」

慌て始めるディノッソにハウロンが水煙草の煙を吹きかける。


「うわっ!? 大地が揺れ……っ」

急にディノッソが慌て出す。


「そう簡単にこの世界が揺らぐはずは――いえ、揺れてる!?」

空飛ぶ絨毯から降りたハウロンが顔を青くする。


「うそだろ……っ」

レッツェが地面に手を突く。


「確かに揺れてる気がするな?」

震度2くらいだと思うんだが。止まってれば揺れてるって感じるくらい? 大げさじゃないか? ああ、でも地響きが少しする?


「ジーン、何故そんなに落ち着いているんだい? 大地に裏切られたのだよ!?」

クリスが微かに震えている。


 そういえばこっちに来てから地震の経験ないな。特にカヌム周辺は火山もないし。でも、中原とタリアとかカヴィル半島を分ける山脈は隆起してできたヤツみたいだし、城塞都市のもうちょっと北にある塩山も元は海の底のはず。絶対地震はあるはずだと思うのだが。


「ごめん。これくらいの地震ってよく起こる場所に住んでたんで、怖さがわからない」

せめて震度3超えてればこう……。


 信じられねぇみたいな視線を向けられながら、フライドポテトを摘む俺。どういう反応をしたらいいんだこれ。あれか? こっちの地震って封印されし何かが目覚める的予兆とかだったりするのか?


 青い顔をしている面々を見ないふりをして、お茶をする。しばらくすると揺れも収まった。


「……ふう。収まったな」

ディノッソが固まっていた体を動かす。


「また揺れるのではないかい? 船の上にいるようだったよ!」

周囲を見回すクリス。


「ジーン様は本当に慣れていらっしゃるのですね」

「涼しい顔してるっていうより、普通ねぇ。よくこんな時にお茶が飲めるわね……」

ため息をつくハウロン。


「焦った」

服の胸元をつまんで、パタパタと風を送るレッツェ。


 とりあえず全員にぬる目のお茶を配ると、一気飲みしたりカップを抱えてため息をついたり。


「お? ――リシュ!」

目の前にリシュが現れ、俺の足元まで短い距離を走ってくる。


「可愛さ一番リシュ!」

顔をわしわしと揉むように撫でて、頭頂部にキス。可愛い。


「え? イヤ、ちょっとマッテ? アレって、マサカ……」

「やめろ、気づくな。あれは子犬だ!」

「そんなわけないでしょう!? この気配! なんで平気なのよ!」

「子犬って言ったら子犬なの!」

ディノッソとハウロンが何かもめている。


「――お邪魔して申し訳ございません。主人」

「ん?」

後ろに執事がいた!


「何故……?」

斜め前にも執事がいた! 


「何だ?」

クロスタイを止めるピンを見るとついてる魔石は黒。森のノートだなこれ、肖像権の侵害で訴えられるピンチ発生。


「精霊界での威圧のしあいの影響が『家』に少々ございまして、修繕のためノートを閉じる許可を頂きたく」

「え、どっか壊れたのか? ノートを閉じると直るのか?」

一大事じゃないか! でも修繕できるっぽい。閉じると言うからには、ノートは俺が精霊の署名用に置いているメモ帳のことだろう。


 開きっぱなしにしておくと、執事にそっくりなメモ帳ノートの精霊が精霊の署名の管理をしてくれるのだ。


 俺が一人で受けなくて良くなったので、火の精霊用、水の精霊用と精霊の系統ごとに複数冊署名用のメモ帳を用意してある。クロスタイを止めるタイピンの色は担当している属性の色だ。


 正しく本の形にしておかないと文字化けするかもしれないので、メモ帳がある程度まとまったら本に装丁し直している。最初は執事のミニチュアみたいな精霊だったのに、担当した本が増えたらにょきにょき大きくなって、執事と同じ大きさで止まった。


 今目の前にいるノートは、森の聖域に置いておいたメモ帳をまとめて、本の形に装丁したもの。俺が黒精霊をむぎゅっとするついでに普通の精霊にも直接名付けることもあるせいか、他のノートより強めでまとめ役のような感じ。


 なお全属性のノートで意思疎通と合体できるので、あまり個々の強さは問題にならない気も。増えるタイプで、かつ強くなるタイプの精霊らしい。

 

「通常は物質界に直接的影響は出ないのですが、『家』が特殊なものなことと、爆心地でございましたので。修繕のためにノートを閉じて、精霊の名付けに回している主人の魔力の使用許可を頂きたく参じました」

綺麗に一礼してみせる森のノート。


「直せるならもちろん直して欲しい。頼む」

「かしこまりました」

そう言って森のノートが消える。


「……そろそろ突っ込んでいいか?」

リシュを撫でるのを再開したところで、呆れたようなレッツェの声が聞こえてきた。


 リシュのことは知ってるし、森のノートのことか! レッツェにも見えてる? そうだよな、親しい人の姿をした精霊を作ってたら気持ち悪いよな……。でも言い訳させてください!

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