第110話 快適さは譲れません
「アッシュ、
「うむ。さらしを止めたのもある」
俺の家でアッシュとお茶。
お茶を出したのは執事なのだが、出すとすぐに隣のディノッソを迎えに行った。アッシュがそのまま持ってきたエクレアの箱を開けて、結局二人で食べている。
「女性ってわかるんじゃないのか?」
なんかシャツがもったりしてる。疑いをもって見れば女性だとバレるくらいには腰が細くなった気がする。なお、胸は――
「シヴァとティナがいるからな。この菓子はすごく美味しい」
怖い顔になっているが、背景に花が飛んでそうと思うくらいには表情を読むのに慣れた。
シヴァとティナがいると何だろう? 精霊のもたらす能力のおかげで皆無ではないものの、冒険者に女性は少ない。そしてだいたい信頼できる仲間と一緒だ。
「ディノッソたちと一緒に仕事をするのか?」
「いや、女性が多い方がいいかと」
「なるほど、シヴァとティナのためか」
「それに、アズが解放された影響でさらしを巻いておくのも無理が出てきたのもある」
「後で服を持ってきて。サイズ直ししよう」
思ったよりエクレアを気に入ったのか、アッシュが幸せそうだ。エクレアをディノッソたちの分として机に追加したところで扉が叩かれる。
「開いてるぞ」
台所に向かって叫ぶ。開いてるのは分かってるだろうけど、俺の家だからね。
「いらっしゃい」
「よし、覚悟はできてる。見せろ」
ディノッソの第一声がおかしい。
どかっと椅子に座って開いた脚に手を置いて不動の構え。
「これ」
見せろと言われて上着を脱ぐボケをかまそうと思ったが、アッシュがいるので自重。大人しくやらかした剣を出す。
「いや、待て」
「うん?」
「今、どこから出した?」
「【収納】から」
「……」
何かに耐えているディノッソ。
「……」
机の横で笑顔のまま固まっている執事。
「……」
アッシュはエクレアをもぐもぐしている。
アッシュを見習って、エンと同じ能力持ちをカミングアウト。エンの能力をオープンにするかどうかはわからないけど、同じ能力持ちがいると分かれば心強いかな、と。
「はあああああああああ……。お前、それ隠しとけよ」
ディノッソが詰めていた息を吐き出して言う。
「はいはい」
「軽っ! ノート?」
「今まで隠しておられたので大丈夫かと。代わりにお作りになった鞄が目立っておりますが、こちらはギルドをうまくお使いです」
そうです、ちゃんと隠してました。
「で、これが
そう言って鞘から剣を抜き放つ。
「うわぁ……」
「……鋳潰すのは中止でお願いいたします」
ディノッソの炎のドラゴンに反応してか、刀身に炎が走る。
「ふむ、美しいな」
「気に入ったならやろうか?」
褒めてくれたアッシュに聞いてみる。
「いや、生憎私のそばには炎の精霊がいないので扱いきれぬ」
アッシュについているアズは風と緑の精だ。
「ディノッソは?」
「お前、人前で使えないような剣を軽々しく人にやろうとすんなよ。いくらだよこれ」
「えーと?」
鉄の鏃が傭兵より高いんだっけ? でも安い農具なんかを作る
銑鉄は硬いけど崩れやすく脆い、だから魔鉄を混ぜて粘りを出すんだろうけど。鉄を溶かす、るつぼに松ヤニを用いたフラックスを入れて鋼を作ったのだが、この鋼の値段っていくらになるんだろう?
「いや、待て。ノート、そもそもこれ何で出来てるか聞いていい?」
「大陸の人間とは交流を絶っている北方の島にいるという種族が作る刃に似ているかと」
「頑張ってカンカン鍛造しました」
ちょっと過程で精霊たちが手伝ってくれたので、結果大変なことになったけど。
「精霊剣になったのは仕方ない。人前で使えないと判断してるし、セーフだ」
「うむ」
さすがに隠そうとしたとも。
「でもアウト! 精霊剣じゃなくてもアウト! アウトだから!!!!」
「ジーン様、スルーする基準をもう少し引き下げてください」
アウトを連呼するディノッソと困ったような執事。
「すぐ折れる刃物なんて嫌だ」
なお、この剣だけでなく包丁も作って、今現在隣の台所にある。そっちは精霊のお手伝いを遠慮したので普通の鋼の包丁だ。
「ノート?」
「――範囲外でございます」
「戦闘関係はともかく、生活の快適さは譲れないな」
うん。むしろこの世界もどんどん快適になればいい。
「ジーン様は我らより文化レベルが上のようでございますね」
「ジーンの普通が我らの非常識なのだな」
黙ってやりとりを見ていたアッシュが言う。
そして落ちる沈黙。
「ジーン、いるかあ?」
そして能天気なディーンの声。
「どうぞ、開いてる」
声を返すと、扉が開いて先日と同じ籠を抱えたディーンが入ってきた。
「うをっ! バルモア。こ、こんにちは」
「ああ」
頭を抱えたまま短く答えるディノッソ。
「なんかあったのか?」
「譲れない地点の探り合いだ」
声を潜めてディーンが聞いてきたのに答える。
「何だか知らんけど、あんま突き詰めるなよ。気楽に行こうぜ? ――お、いい匂いだな! もらっていい?」
わざとなんだろう、ちょっと大げさなほど明るく言って机の上のエクレアに笑顔を向けるディーン。
「どうぞ。たくさん作ったし」
「おう、あんがと。これ知り合いから譲ってもらったアスパラガスな」
そう言って渡された籠にはアスパラガスの太いのとホワイトアスパラガスの太いのが半々。
どうやら森で採ってきたのではなく栽培もののようだ。あるんだな、ホワイトアスパラ。なんか缶詰のでろっとしたイメージしかなかったのだが、ピンとして美味しそうだ。
俺に籠を渡して空いた手でエクレアをつまみあげて大口を開くディーン。エクレア、初めて見ただろうに警戒心のない男だ。
「その菓子で、たぶん民家が買えます」
「ぶぼっ!」
絶妙なタイミングで声をかけた執事の言葉に、エクレアを喉に詰まらせるディーン。
「ノート?」
「バニラビーンズ、カカオ、それだけでもいったいどれほどか。そして苺と称する甘い実は範囲外でございます」
称するって……、苺ですよ! 一応こっちの苺にも面影あるじゃないか!
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