第111話 身分証

 執事とディノッソから背付き椅子の注文が入りました。


 こっちの世界、背もたれのないベンチみたいな椅子か、丸太を適当に切ったようなのが普通だ。王都とか金持ちの家にはあるそうなんだけど、まだ一般には出回っていない。ついでに言うなら背もたれ座面から直角らしいぞ? まあ、ベッドがあれだからな……。


 あ。鍛冶を始めたことだし、コイルを作ってベッドマット作ろう。ランプも作らないと。何か忙しくなってきた気がする。


 この街で買った食材で作ったものは外で食ってもよし、それ以外は家の中に止めること、と注意を受けた。家具やら何やらも同じで、木製の椅子は形があれでもセーフ。


 ただ剣は身を託すものだし、いいものを装備するのは賛成ということで新しく俺の剣を打つことになった。


 件の剣をディノッソが引き取り、とりあえずアッシュとシヴァの剣も打つことになったのだが、支払いはディノッソ経由。ディノッソがどっかから拾ってきたことにし、何振りか出回らせることにしたのだ。伝説の男ってことで、ひとつ。


 ディーンは金がないからと断ってきた、なんか血の涙を流しそうな顔してたけど。金がないのはお高い娼館なんかに通ってるからだな。まあ、冒険者ではレッツェみたいに堅実な方が珍しいんだけど。


 レッツェとクリスにも聞いてみる予定だけど、レッツェには断られそうな気がする。他にディノッソが剣を譲ってもいいと思う人がいたら、と言ったのだが冒険者稼業からしばらく離れていたので今のところいないそうだ。


 なお、執事の剣はすでに精霊剣の模様。あの糠漬ぬかづけの精霊が力を付与するタイプらしい。アッシュに内緒なんで使わないみたいだけど。


 とりあえず精霊剣を譲っても不自然に思われないように、アッシュとディノッソたちはしばらく魔鉄を集めつつ、ギルドの依頼やらを一緒にこなす方向だそうだ。俺も時々参加する予定。


 そういうわけで俺は俺の精霊剣を改めて作る。属性何がいいかな? その前に連れ歩く精霊か、属性揃えないと。あとは育ってしまう問題はどうしよう。


 ――とりあえずドラゴン観に行こう、ドラゴン。その前にお仕事かな。



「これは……、じゃがいもですか?」

「はい」


 ガラス窓がいくつも設けられた明るい部屋。白に金の縁取りの壁、どっしりとした生地のカーテン、目の詰まった絨毯。


 これでソファならあれなんだが、木製布張りの椅子だ。布張りの座面は最先端なんだろうけれど、俺にとっては微妙。せめてもっと背もたれに丸みを! 背中に優しくない設計だ。


 向かいに座っているのは壮年の男、海運で主に食料を扱っている大きな商館の番頭さん。ナルアディードで商談中なのだが、最初の受付はなんか雑然とした場所で機械的な対応、次にこの部屋。


 たぶん、この部屋は商館の富を見せつけて、格の違いをわからせる的な効果なんだと思うのだが、俺にとっては微妙。せっかく安っぽく見えないというか、手作りでお高い素材使っているのになんだこのデザインセンス、みたいな。


 素材全般手作りでお高いのはデフォなんだけどね! 機械製品なんかないし。


 それは置いといて、手に入らない食材で作った料理が持ち出し禁止なら、手に入るようにしたらいいじゃないということで、まずはじゃがいもを売り込みに来た。


 まだ日本の品種と同等というわけにはいかないけど、ちゃんとじゃがいもに見えるじゃがいもだ。ちょっと赤がかってサツマイモっぽい色してるけど、精霊さんがんばった。味は正直微妙だが、花の観賞用に売られていたこっちのじゃがいもよりだいぶ大きい。


 最初の部屋で見せたら、一足飛びにこの部屋に案内されたくらいには魅力的らしいじゃがいもさん。


「じゃがいもは保存がきく上、麦は戦争などで踏み荒らされるとダメになりますが、地下に出来るので踏み荒らしの影響を受けにくく、重宝するのではと植えられ始めているのですよ」

商人がじゃがいもを手にとって品定めしながら説明してくる。


「おや、そうなのですか」

知らんかったけど、いかにも知ってました風に微笑む俺。


 そうか、じゃがいもはもう食料としての栽培の話が出ているのか。天候不順ならともかく、戦争のためっていうのが気に入らないが飢える人が減るのはいいことだ。


「この大きさはとても喜ばれるでしょう。――ただ障害がありましてな」

「なんでしょう?」

「毒だと言う者がいます」

「調理に手を抜きましたか」

芽と光に当たって緑になったところは毒ですね! 姉が毒は芽だけだと言い張って酷い目にあったことがあるぞ。


「調理に……? もしやソレイユ様は原因をご存知?」

「ええ」

知らんのかい!


 ソレイユはナルアディード ここ で名乗っている名前だ。こっちの商業ギルドはこれで登録した。偽名の身分証を用意するのは簡単だ、なぜなら俺が発行してるから! 


 ソレイユおれは自由騎士たるなんちゃらかんちゃら何某なにがしの領民ということになっている。その自由騎士が俺なんだけど。


 書類上は認知されている国のくせに、領地には俺の許可なく――少なくともあの神様たちより強い存在にならないと入れないので、自由騎士殿の守りは鉄壁だ。


 “ソレイユ”が目をつけられたら名前を捨ててしまえばいいので、多少目立つことをやっても平気。いざとなったら“ジーン”も捨ててしまってもいいんだけど、うっかり気に入っているのであちらは守りたい。


 “ジーン”は自由騎士の身分で発行した身分証を持っている、身分証の名前は神々につけてもらった名前の省略したやつで、ジーンはただの通り名なんだが。


 実は、領地持ちの自由騎士に仕える自由騎士というけったいなことになっている。なぜなら、家紋とかそっちが身分証がわりになるのを知らずに発行したから! 


 自分で自分に発行するって変だとは思ったんだ。身分証的には「今のところ自由騎士の身分は捨ててないけど、この人が主としてふさわしいか見定めている最中です」みたいな状態のようです。結果的にはよかったんだろうか……。


 騎士は基本誰かに仕える身分、滞在している国の王やそれなりの貴族から正式な要請があれば命をきかなくてはならない。


自由騎士は身分的には国王と同等、実際の扱いは強さや知名度にだいぶ左右されるけど、制度的にはそういうことになっている。


 騎士なので従者や領民は持っても持たなくても問題ない。特に自由騎士の身分でも騒がれないのは、身分階層的に仕えなくてもいい相手だから。上もなく下もないのが自由騎士だ。


 誰かに仕えるということは自由騎士の身分を捨てることになる。仕えるべき主を見つけた! みたいなことを言うけど、一人じゃ食えなくなったから、というパターンが大半。


 身分を捨てさせるほど魅力的な俺様! ってことで、王侯貴族の虚栄心をくすぐるらしく、就職先はけっこう引く手数多あまただ。


 まあそんなことよりじゃがいもだ。じゃがいも、輸入元では食べられてたんだよね? もしや、ペルーと同じく乾燥して脱水して食ってる系か? あれは毒素も水と一緒に抜ける。


「知っているならば、ぜひ教えていただきたいのですが……」

色々考えてたら商談相手がしびれを切らせて聞いてきた。


 教えてもいいけど条件次第ですね! などと言ってみる。


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