第425話 備え

 港町で自分に関係しそうな噂話を拾ってカヌムに【転移】。


「ディノッソいる?」

「こんにちは、ジーン! おとうさーん」

お隣の扉を叩いて、出てきたティナに聞くと後ろを振り向いて少し声を大きくする。


「おう」

ティナの後ろからのっそり出てきたディノッソ。


 場所を譲って下がろうとするティナに、手土産の入った籠を渡す。中身は普通の杏の砂糖漬け、パンとミルク。


「ありがとう」

今度はおかーさーんと呼びながら、籠を抱えてぱたぱたと奥へ。


「微妙な顔して、なんかあったか?」

ディノッソが俺の顔を覗き込んで聞いてくる。


「あったというか……」

そんなに顔に出てるだろうか? そして、シュルムのことをここで話してもいいのかな? あんまり人通りはないけど、たまに通るんだよね。


「久しぶりにゲームでも?」

「おう」

どうやら察してくれたみたい?


 手ぶらでもなんなので、籠にお裾分けを詰め込む。アッシュの家の分と貸家の分。貸家の分は気づいたら量がひどくて、とりあえずパンを詰めたのと、酒。


 ――俺って顔に出やすい? 執事も貸家の居間にいたレッツェも、まだ何も言ってないのにカードゲームだって言ってきたぞ。


 深く考えるのやめよう。俺が顔に出やすいんじゃなくって、3人が察しが良すぎるんだ。うん、アッシュと後で遠駆けの約束したので、お弁当のメニューに悩んでた方が建設的だ。


 その前に、夕食というか今回は夜食のメニューだな。本日はディノッソと執事とレッツェ。レッツェがちょっと夕方用事あるってことで、今日は集まるのが遅い。


 カヌムはもう冷えてきたし、鍋焼きうどんいってみよう。土鍋はパスツールで作ってもらったのがあるし、海老天もあるし、うどんも作ったのあるし。油揚げを煮れば他は切るだけかな?


 で、夜。


「ああ……。あの国はいつもだが、戦争に使いたいのか勇者の希望か。幸い、城塞都市の妖精の道を潰してもらったから、少し安心かな」

俺がシュルムの噂を伝えるとディノッソ。


 伝えたのは、精霊剣のことと【収納】持ちを探してるってことメインにだけど。


「まあ、勇者を何度も喚んだシュルムが、知られていない道を知ってる可能性はあるがな」

ため息をつきながら続ける。


「聞いてみたけど、カヌム周辺にはなし。魔の森にはいくつかあるって。ただ、うんと奥の方だし、シュルムというか、風でも光の精霊の道でもないヤツだって」


 当代は光の精霊の勇者、前の勇者は風。シュルムに多いのは、この二種類の精霊なため、道が繋がってるならこの二つ。


「……誰に聞いたかは聞かないでおく」

ディノッソが視線を逸らす。


「一旦ほかの場所に出てからとも考えられます。それに絡んでかどうか――」

執事がグラスにワインを注ぎ、各自に配りながら話し始める。


「チェンジリングが幾人か消えています。例の暗殺島の噂もありますが、5人や6人ではない数が。協調性のないチェンジリングが、いくら条件がよくとも大人しく同じ場所に留まっているとも思えません。妖精の道を通れるチェンジリングをシュルムが各地に忍ばせている可能性はありますな」


 ごめんなさい。10人以上いるし、定住してます。


 でもそうか、シュルムから遠いほど、妖精の道が利用できるチェンジリングが動いてる可能性があるのか。


 妖精の道の場所探しと、チェンジリングの居場所のチェックか。島のチェンジリングは全部契約入れてるから大丈夫、アウロたちの審査に通った人たちだし。


「これ変わってるな」

ディノッソが口に入れたのは、海苔にマグロと長芋の角切りを載せたもの。味はごま油と塩。


「黒い紙見てぇなのは、おにぎりに巻いてあったヤツ?」

「うん」

よく覚えてるなレッツェ。海苔とか海藻の類って、日本人以外消化しにくいんだっけ? 


「こちらも美味しゅうございます」

執事が最初に口に運んだのは、レタスとチーズをスモークサーモンで巻いたヤツ。マスタードとワインビネガー、オリーブオイルに塩胡椒。


 他に用意したつまみは、馴染みのあるもの。どうやら変わったものからチャレンジしてくれたようだ。いや、執事あたりは海の魚サーモンにも馴染んでる?


「気を付けるに越したことはねぇし、ディノッソの子供たちが一人でいるようなら、見といてくれって俺も頼んどくよ。いざって時に助けるってのは期待できねぇけど、知らせが早く回る」

レッツェが白ワインを口に運びながら言う。


 頼んでおくって誰にだろう。なんかすごい情報網もってるイメージなんだけど。


「子供を盾にあんたに何か仕事をさせたがってる、くらいの理由ならいいだろ?」

ディノッソの方を見て、確認をとるレッツェ。


「ああ、ありがちなところがいいな」

答えるディノッソ。


「ありがちなの?」

「割と。全部未遂で報復してるから無くなってっけど、田舎にこもる前の話だから、またあってもおかしかねぇな」


「うぇえ」

「ま、俺かシヴァがなるべくそばにいるようにはしてるし、子供たちには今ハウロンに魔法教えてもらってるし。正直シュルムより集団できそうな近隣の国の方が怖えな」

お父さんが大変な件について。


 俺も精霊に頼んどこ。


「お前……」

レッツェが変な顔で何か言いかけて黙る。


「おい、黙るな。こいつが何考えてるか察したんだろ?」

ディノッソがレッツェに迫る。


「いやまあ、どうせ精霊に見張らせようとかそんなんだろうけど、俺には見えねぇから。――どんなことになるか皆目見当がつかねぇ」

肩をすくめるレッツェ。


「精霊の集団ストーカー、でございますか……」

「やめて、やめて」

執事の呟いた言葉にディノッソが身を引いて首を振る。


「頼み方は考えるから。……多分大丈夫」

「不安なんだけど! おい、視線逸らすな!」


 大丈夫です、多分!

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