第424話 動向把握

 階段を降り、衛兵の槍をつかむ。ちょっとお借りしますよ。


「精霊の助力無しに我が前に立つか! 領主、お前もチェンジリングか!」

面倒くさいソードマスターが、顔をゆがめて笑う。


 精霊が関わって、異なる世界から呼ばれたとか、この体を作ったって意味なら、俺も立派にチェンジリングだ。


 見学前に名乗っているので、面倒くさいのをはじめ、この広場にいる者たちは俺のことを認識する。城を含め、あちこちぷらぷらしてるからね、特に衛兵さんには顔を覚えてもらおうかと、この機会に挨拶した。


 城側の広場なので、作業している石工さんとか一般人は排除してるしいいと思ったんだけど、この面倒なのは失敗だったなー。


「精霊頼りの戦いにはうんざりだ……っ! まだお前たちのほうがいい! お前たちに倒される方がよほどいい!」

ソードマスターが 呵呵かかと笑う。


 頼りの精霊というか、精霊剣巻き上げられたからって負け惜しみだろうか? それにしてはなんか変な方向に吹っ切れてる?


「さあ! 全員でかかって……」


 踏み込んで、槍の石突で七度八度、九度十度。右肩、左肩、右の腰骨、左の腰骨、右膝の上、左膝の上、額、臍――最後に胸の中心。触れるか触れないか。


 ふっとぶソードマスター。


「ご……っ」

衛兵さん、避けずに二人がかりでキャッチするの偉いな。


「何……?」

驚愕に見開かれるソードマスターの目。


「俺より弱い剣術指南なんかいらん」

ぶつぶつうるさい!


 衛兵さんに支えられて、斜めになっているソードマスターに言い放って、踵を返す。


「あ、ありがとう」

階段下の衛兵さんに槍を返そうと差し出したのだが、固まっているのでそっと握らせる。


「ニイ様って、強かったんですねぇ!?」

階段を上がると、俺を見ながらオルランド君が裏返った声を上げる。


「え、え? そういえば金ランクと知り合いだって……あなた自身も冒険者だったの?」

瞬き多めなソレイユ。


「……強いで片付けられるものでは……」

ファラミアが愕然として固まっている。珍しいな、表情あるの。


「我が君……」

「お前……」

アウロとキール。


「……ええ? やばくない? やばくない?」

マールゥの上ずり気味で繰り返される声が聞こえてくる。


「……」

ヘインズおじいちゃんは、黙って軽く頭を下げてくる。


「俺より強くなくても教え上手がいい。もしくは、お飾りに据えるなら据えるで、もっと島に合った人頼む」

たぶん精霊の影響をめいいっぱい受けてる俺と比べて、身体能力的に強いっていうのは少ない。でも、技術や立ち回りで俺より強い人って結構いると思うんだけど。


 ソレイユに頼んで、塔に戻るためにまた階段を下りる。


「我が君……」

アウロ、さっきからそれしか言ってない。きらきらした顔を向けてくるの止めて。


 振り返らないまま、顔の隣で手をひらひらさせて、ざわつくその場を後にする。


 塔の倉庫に。一階倉庫には、ソレイユに売ってもらいたい物が詰められている。蜘蛛型精霊のレースとか、魔の森の奥で狩りまくった魔物素材、使わない魔石、あちこちいった時に買いすぎたもの。たまに俺が作った何か。


 以前は薪もカヌムで買って置いといたんだけど、生活に密着したヤツは多少高くても、普通の流通ルートを確保しておいた方がいいって思い直してやめている。


 ちなみにナルアディード周辺で売ってるのは、泥炭が中心。乾燥させて軽くしたものが、船で運ばれてくるんだそうだ。


 倉庫で【転移】、玄関ホールは2階なので横着している。【転移】先は、シュルムの隣の港町。しばらく勇者関連の噂話を真面目に聞いてなかったんで、拾いにきた。


「俺、商用にくっついてシュルムに行くことになりそうなんだけど、隣の様子はどう?」

酒場の亭主に酒の代金にプラスαを払いながら問いかける。


 港町で、しかも国境を接しているのでシュルムの噂話が集まる。士官や上級水夫が利用する場所ではなく、水夫がよく利用するタイプの酒場。


 酔っ払った少々柄の悪い客が、怒鳴り合うように会話をしている。真昼間なんだけど、まあ、船旅から解放されてそのまま酒場に駆け込むパターンは多いみたい。船旅じゃ、飲み物を食べ物も色々制限されるからね。


「商売か。シュルムで流行ってんのは、パスツールの風呂桶、ナルアディードから運ばれる宝石と布、毛皮、カヌムの便所! 勇者様がたいそう気に入って、貴族で流行りだとよ!」

「便所はいいぞぅ! わはははは」

「精霊剣と【収納】の精霊持ちは、掻っ攫われるから気をつけろ! まあ、俺もお前も縁がねぇだろうがな! がははは」

「おっと、ネズミの出ねぇ船も忘れちゃならねぇぜ!」

「そんなのあるかってぇの! ぶはははは」


 店主に聞いたんだけど、酔っ払いが横から参戦して来た。ネズミが出ない船はあって欲しい俺がいる。


「誰か掻っ攫われたのか?」

受け取った俺の分の酒をそのまま男に渡し、新しい酒を頼む。


 「相手がある事を話しはじめるようにうまく仕向ける」ことを水を向けるって言うけど、ここじゃ酒を渡すのが早い。


「おー! 【収納】持ちは攫いたくても見つからねぇ! だが、精霊剣狩りは三本目らしいぜ?」

「大剣の方は、わざわざ見せびらかしてるらしいな」

「前にバルトローネからぶんどったヤツはどうなったんだ?」

「ありゃ、優男の方の勇者が持ってるらしいぞ」

「城を潰してまで手に入れたのにな!」

「さすがに城は潰れちゃいねぇよ、でも海の上まで光が見えたなあ。またやんねぇかな〜」


「中原の二カ国併合したってな」

「国っつっても村みたいなもんだろ」

「年がら年中くっついたり離れたりしてやがるからなあ」


「あー、俺も金持ちに流行ってる青い布を手に入れて、マリアちゃんに貢ぎてぇぜ」

「あら、期待しないで待ってるわ」


「昼間は活気があって商売にはいいやな」

「夜は死体が転がるらしいぜ?」

「陽が落ちると閉めちまう店が多いのは確かだな。飲めやしねぇ」


 まあなんだ。関係ありそうな話を拾って繋いでくと、姉の性格がよく反映されてる現状のようだ。


 姉の男友達が大剣――城塞都市でアメデオから巻き上げたやつを使ってて、俺の偽物君がソードマスターから巻き上げたのを使ってるっぽいのかな?


 しかも海上から光って、精霊の力を使いまくった技のオンパレードみたいな戦いだったのかな? 【全剣術】選んでるんだっけ。基礎すっ飛ばしてゲームみたいな派手なの使ってる感じか。


 あー。拗れたソードマスターにどんな精霊剣だか聞いとけばよかった。他の精霊剣はどんなのをどこから手に入れたんだろ。


 一応、戦うことになっても慌てないように相手の装備は確認しておきたいところ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る