第165話 インク

 ミシュトに蜂蜜、ルゥーディルにワイン。


「ハラルファは何を?」

光と愛と美の精霊は何をお望みか。


「ふむ、好みは花粉じゃの」

「花粉……」

花粉症待った無し。花粉団子ビーポーレンなら? だが今はないです。


「よいよい。花粉は咲き誇る花から直接吸うのが好みじゃ」

あれ? もしや花が咲く場所にいるのって食事か!


「ここで採れた果物と野菜が所望じゃ」

艶やかに微笑むハラルファ。


「それなら二人と一緒だな。じゃあとりあえず」

3人の前にそれぞれ蜂蜜、ワイン、水の入ったグラスを置く。

 

「あら綺麗」

「見事なものじゃの」

透明な切子のグラスは女性陣に好評の模様。


「精霊の気配が濃い、よい器だ」

ルゥーディルがグラスを持ち上げる。


 ガラスを作ってる場所には途中ヴァンも来たしね。


 さて、果物と野菜か。オレンジのサラダはどうだろう? 


 オレンジ、チシャ、スライスした玉ねぎ、アーモンドオイルとオレンジの果汁がベースのドレッシング。


 チシャは切ると芯から白い液が滲み出る。この液が乳みたいだから乳草とも呼ばれてる、レタスの親戚だ。食料庫のレタスと交配させてるけど、まだ丸くならずにサニーレタスっぽい形状。


 オレンジ色が綺麗で酸味がいいかんじ、生ハムを入れたいところだが、このメンツではダメだな。ピンクペッパーの赤を散らしてちょっと華やかに。


「目にあでやかじゃの」

「かわいい~」

ハラルファとミシュトが笑う。ハラルファがちょっとなまめかしい百合や牡丹の1輪の大きな花ならば、ミシュトはたくさん花をつける鈴蘭とかもこもこ咲くピンクの紫陽花あじさい。タイプの違う女性二人が目の保養。


「チシャなのね、ふふ」

「なんだ?」

ミシュトのいらずらっぽい含み笑いが気になって問う。


「今は古い薬師や魔法使いにしか覚えられておらぬが、チシャは媚薬よの」

「ぶっ! 他意はないぞ!?」

ちょっとレタスのご先祖、どういうことだ!


 女性二人に軽くからかわれつつ、今やっていることなんかを話しながらサラダを食べる。勇者の情報や、魔物の情報なんかも少し。


 ルゥーディルは聞く一方で、無言でワインを傾け、サラダを口に運んでいる。基本、静かでちょっと人を寄せ付けない印象の美形。リシュが絡んだ時だけダメになる呪いでもかかってるんだろうかと不思議に思う。


 当のリシュは全く気にせず、用意した水を飲んだ後はエクス棒をかじってるんだけど。


「それは精霊樹の枝よね? 王様になるの?」

ミシュトがエクス棒を見て首をかしげる。


「面倒だからならない。人の人生に責任持てないしな」

「王を選ぶか? そなたなら面白き国を作ろうに」

「もともと違う用途で貰ってきたから、今のところどっちもする気はないな。国というか、街を整備するのはちょっとしてるけど」


 街並み丸っと風景に取り入れられるのはすごい贅沢だと思っている。下水とか衛生面、利便性も両立させたいけど。窓から海と綺麗でレトロ――俺にとってはだが――な街並み、時々ドラゴンが飛ぶのが見える、予定。


「ここみたいに水が豊富じゃないけど、頑張って木を植えてる」

精霊が集まりやすいのは水と花や草木の多い場所。


 それらがないならないで風や砂、灼熱の精霊なんかが来るけど、同じ種類の精霊だけになると、なんか縄張りの範囲が広くなるみたいで数が少なくなる。火山や氷河みたいな地形や気候的に特定の精霊が生まれやすい場所なんかは別だけど。


「――そのうちイシュかパルに相談するがいい。美味であった」

そう言い残して消えるルゥーディル。


「あら、何か置いて行ったわよ? お礼かしら」

「これが気に入ったなら気に入ったと告げればよいのに、不愛想な男よの」

面白そうに笑うハラルファ。


 ミシュトの言ったようにルゥーディルのいた席に小瓶がある。持ち上げてみると中は何か青黒い粉。


「精霊の粉?」

なんだかわからないので【鑑定】したら強い魔力を帯びた粉って出た。


「魔法陣を描くために使うインクの材料じゃないかしら? ジーン、さっきリシュのために涼しくする魔法陣調べたって」

ミシュトが視線を空中に、人差し指を口元にやって言う。


「なるほど……」

「ほほ……」

ちょっと微妙な気分になった俺だが、たぶんハラルファも同じ気持ちっぽい。リシュは我関せず。


 二人も帰る時に粉をくれた。せっかくもらったのでインクの調合をしよう。


 棚からまず精霊こぶ入りの瓶を持ち出す。リシュと散歩中にせっせと集めて乾かし、とっておいたもの。


 普通のインクには虫こぶを使う、蜂が樫の木の枝などに卵を産み付けた時、その異物に対して木がタンニンという成分を分泌して大きく膨らんだものだ。日本でもアブラムシの一種によって作られるヌルデミミフシと呼ばれるものが鉄漿おはぐろなんかに利用されていた。


 精霊こぶは蜂ではなく、その名の通り精霊がいたずらでつついてできたもの。めったになくて魔法陣を描く最上級のインクに使われる。買うとすごくお高い、うちの山にあるこれは虫こぶより多いくらいだけど。


 これを魔力を込めながら細かく砕いて煮だす。煮だすための水も回復薬と同じく、普通は『精霊の枝』で貰ってくるんだけど、家の水だ。


 煮だしたものを濾して冷まし、防腐対策にワインを注ぐ。で、焼けた鉄のナイフを放り込んで、茶色い液体が黒に変色するまで放置。鉄ならなんでもいい気がするけど、なんか伝統的にナイフらしい。


 いろんな精霊が覗きに来るのだが、今回は涼風の精霊にぱしゃぱしゃとこの液で遊ぶことをお願いしておいた。


 黒くなったらルゥーディルからもらった粉を入れる予定だ。通常は、魔法陣の性質に合わせた魔石の粉を使うところなんだけど。


 ん、半分は氷の属性のある魔石の粉にしようかな? リシュに作る前に魔法陣がうまく発動するか実験しないと。ルゥーディルからもらった粉は練習には勿体無い。


 黒くなるのを待つ間に、ミモザの樹液が固まったやつを買いに行こう。いや、桃が植えてあるからちょっと見てからか。確か桜や桃の樹液でも大丈夫のはず。


 この樹液は粘度を調整するために入れるものだ。そしてやっぱりここでも精霊が樹皮や若い実に傷をつけて出た樹液が最上級。


 最上級のインクを作るには最上級の材料を集めて、魔力を注ぎ……むちゃくちゃコストがかさむので、とても高いはずなんだけど魔石以外は庭で揃うというオチ。

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