第85話 洗い物
「洗濯させていただきます」
笑顔で言い切る執事にシーツやバスタオルを回収され、洗われ、干されている。タオル類はともかく、シーツはここで寝ていないので置いてあるだけなんだ……っ! 決して万年床にしてるわけでは!
家のシーツ類は洗濯してる、洗濯してるよ! 洗濯せずに新しいの買ってもいいかな、などと誘惑もあるけれども!
上記のことは言えないため、執事の中で万年床の男として認識されてしまった。家の前の路地にシーツやタオル、シャツなどがひるがえる。
これ、反対側の家の人にはどういう交渉をしてるんだろうな? 暗黙の了解なんだろうか。カヌムでは陽光が弱いというか天気が悪い日が多くて部屋干しなのか、外に干してあるのをあまり見かけない。
でも暖かいところでは家同士で洗濯紐かけてるのを見かけるので普通?
「面倒でしたら洗濯女に頼むのもよろしいかと」
「ああ」
洗濯女はその名の通り、汚れ物を持ってゆくと洗濯してくれる女性だ。子供を抱えた
パンツ以外はちょっと頼んでもいいかもしれない。
「要望を聞いてくれて面倒臭くない人っているだろうか」
「要望の方は心づけを弾めばよろしいかと。面倒の方は――ジーン様はおモテになるので……」
世話焼きおばちゃんに縁談を持ってこられる未来しか見えない! 露店で二回しか顔を合わせていない状態でおばちゃんに何人か候補を挙げられた実績が……っ!
「よろしければ、うちの分と一緒に頼みましょうか?」
「よろしく頼む」
これで洗濯から解放される! 硬水で洗うとゴワゴワになりそうだが、まあいい。水に溶けている石灰が付着して白がグレーになりそうだがまあいい。いや、良くない気がする……。頼むと言っておいて悩む俺だった。
とりあえず頼んでみて様子を見よう、そうしよう。
「洗濯紐ってお隣にお願いして張ってもらうのか?」
二階部分と三階部分にはためいている洗濯物を見ながら疑問をぶつける。
「ええ、最初に結ばせていただく時に。お互い様ですから」
「隣、干してたことあったか?」
見た覚えがない。時々、アッシュの家のものだろうなというタオルなどが干されてることはあるが。洗濯女に頼んでいるならここに干す機会はあまりないのか。
「今お隣は無人でございます。討伐隊のことで魔物の
引っ越し済みだった!
うん、俺の借家ができたのも魔物に市壁を壊されたせいだし、それを考えると怖い場所かもしれない。おかげで家賃安いけど。
そんなこんなで借家で寝ていない
「お疲れ様でした」
「うむ、お疲れ様」
「お疲れ様です」
小さな陶器に瓶詰めにした薬が、三百本ほど地下の倉庫に並んだ。どこか病気が流行りそうな場所があったら売り払おう。
「アッシュの家も風呂の完成おめでとう」
「ありがとう」
うちと同じく窯を作って、蒸し風呂もできるスタイルにしたそうだ。浴室を含めてほぼ水回りの構造がまるっと一緒になった。うちより家の横幅があるので浴室が広めなのが羨ましい。
「これは今回の報酬とおまけ。肩こる作業だったと思うし、風呂でゆっくりしてくれ」
金の入った袋と小瓶を三つ渡す。
「これは?」
「二つは今回つくった薬、タグが付いてるのはラベンダーの香油。蒸留器を試した時に作ったやつで悪いけど」
香油を作ったはいいが使わないので余り物。そして薬瓶と同じものに入っているという残念具合。
「高いのではないかね?」
「原価はそんなにかかってないぞ?」
「お
高かったらしい。
暇になったら色々つくって売るのもいいかもしれないけど、借家がすごい匂いになりそうだ。
「ラベンダーオイルは火傷にも効くし、売り物にする気もないから持ってってくれ」
「ありがとう」
ちょっと嬉しそうなアッシュと後ろで黙って頭を下げる執事。
さて、薬を何本か商業ギルドに持って行って、黄斑病の薬が作れることをアピールしておこう。万が一、病が流行ったら買取の打診が来るはずだ。
商業ギルドで黄斑病の薬ってあったのか!? とかいう騒ぎが起こるとは予測してなかったとです。
挙句、薬師の弟子だったとかいう老人が呼ばれてきて、「これは確かに師の作っていた薬……っ!」などと言って泣き崩れるのも困った。
あと俺は師とやらの生まれ変わりじゃないです。勘弁してください。
金貨草とか呼ばれるだけあって、薬の製法はまるっと忘れられてたようだ。ただ貴族にこの草を酒に漬けて飲む習慣があるのは、最初は黄斑病予防の意味があったんじゃないかとちょっと思った。
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