第84話 ちまちました作業

 熱さましに砂糖漬けのバラの花。


 この世界、薬のレベルがファンタジーな回復薬と迷信の間を行き来している気がする。いや、回復薬に効果があるならこれにも効果があるんだろうか……。精霊汁が決め手?


「まずこれをこんな風に茎の部分と分けてくれるか? この白くなってるところとの境」

ナイフでぷつんと切ってみせる。


 金貨草の横に伸びた地下茎と根は白っぽく、色のついた部分と使いたい成分の抽出方法が違うので分けるのだが、これが面倒くさい。分けなくてもそれなりに取れはするが、量は四分の一以下になる。


「承知した」

「すごい量でございますね……」

「うむ、これは確かに一人ではきつい」


 執事がドン引きしてるのは金貨草の値段を知っているからな気がするが、まあスルーしておこう。


「しんなりすると切れにくくなるけど、しんなりすること自体は気にしなくていいから。あと菓子の缶がそこの棚にあるから自由に食ってくれ」


 一階のいつものテーブルのそばに金貨草を入れた籠と空の籠を二つ。テーブルの上にはナイフと手拭きとお茶の用意。暖炉にはしゅんしゅんと湯が沸いている。


 黙々と作業を始めるアッシュと執事。ちょっと、執事! 速い! 目的忘れてないか? 思わずジト目で見たらゆっくりになった。ぷつんと切っては籠に分けて入れる作業。


 俺は分けられた葉っぱ部分を蒸留器に突っ込むお仕事。下から熱して、水蒸気と共に上昇する成分が上で冷やされ、瓶に滴り落ちる構造なので火が消えないように気をつけていればいい。


 床が石畳なのをいいことに、一枚薄い石板を敷いて小さな炉というかレンガを並べたところで作業をしている。だって、三階に上がるの面倒なんだもん。


 分ける作業に加わろうとしたら、依頼されたことだからとやんわり断られたので、蒸留器の具合を見ながらお菓子と昼を作ることにする。本を読んでもいいんだけど、さすがに気が咎めた。


 昨日、牛だったから今日は魚にしようかな。とりあえず台所でパンをこねながら献立を考える。献立を考えても材料が売ってないこともあるし、パン種を寝かせている間に買い物に行ってこよう。


 まあ、売ってなくても作り置きがあるから昼だけならしばらく回せるけど。


「ちょっと昼の材料買ってくる」

「ああ」

「いってらしゃいませ」

蒸留器の火の具合を見て、アッシュたちに声をかける。


 アッシュは手元から目を離さず、一心不乱。怖い顔になってる、怖い顔になってる。


「あー。二人も休憩挟んでくれ、まだあるし根をつめると疲れるぞ?」

肩こりがしそう。


「お茶をおいれしましょう」

執事が布巾で手を拭きながら立ち上がるのを見て外に出る俺。


 バザーは早朝の方がものが多いのだが、売り切れているほどではない。早朝は家で食事を作らない人たちが朝飯を詰め込むための露店が多く、それと一部交代して販売を始めるものもあるからだ。


 朝一でここで食べてから川で釣ってきた魚を並べていたり、ウサギを並べていたりするわけだ。さて、目当ての魚は――


「このマスを三匹頼む」

黒っぽい鱒とまだら模様のはいったニジマスが並ぶ。塩漬けとか燻製にしたのも他の店で売ってるけど、本日はこれでムニエルにしよう。まだ生きてるし!


 コイにウナギにナマズ、ザリガニ。日本のウナギとやや違うけど、【鑑定】結果で主な料理に蒲焼も登ってきているので作ってみようか? いや、白飯がないと微妙か?


 さて、野菜はどうだろう?


 相変わらずの蕪とか根菜類、キャベツ。こっちのキャベツは丸い玉になったものもあるが、ちょっと縮れて黒っぽい丸まらないやつがある。キャベツはどちらも十一月から今の時期まで食べられるので、冬の間によく使う野菜だ。


 キャベツを二玉。いや、五玉買ってザワークラウトも作るか。そろそろ時期が終わってしまうし、今のうちだ。


 鱒のムニエル、スープはベーコンとキャベツでいいか。黒キャベツはスープの色が悪くなるので今回はお休み。明日はロールキャベツにしてもいいかな――かぶるのでスープは作り置きの豆のスープにしよう。


 他に適当に野菜やキノコを買って買い物終了。


「ただいま」

「お帰りなさいませ」

「おかえり」

相変わらずアッシュは根を詰めて、真剣な顔。


「そこまで厳密じゃなくていいぞ」

いやもう、本当に。ちょっとくらい葉っぱのほうに白い部分が付いていても問題ないからね?


「うむ」

アッシュからは生返事が戻ってきた。


 台所に荷物を運び込み、戻って蒸留器をチェックして薪を足す。蒸留器から滴り落ちたものは水と油に分離するので溜まったらそれを分けるのだが、まだまだのようだ。やっぱりもう少し冷やせるような構造のほうがいいんじゃないだろうか……。あと分液器欲しいな、分液器。


 ここにある一般的な薪は大きすぎるので、手斧で細く割って蒸留器用に大きさを整える。使った分の倍を作って作業完了。


 台所に戻って手を洗って料理開始。まず作り置きの豆のスープに塩漬け豚を足して壺に入れて暖炉に設置。


 ムニエルは通常魚を〆てから調理するまで少し寝かせる。獲れたてのまま焼くと、身が締まりすぎていて調理中に破裂するのだ。でも今回は本当に獲れたてなので鮮度がいいまま使おう。


 エラを取り除いたりの下処理をして臭みを取るために牛乳にどぼん。とりあえず放置。


 この間に膨らんだパン種をいくつかに分けて丸めて窯へ。窯に隣の暖炉から炭を移して火加減を調節。暖炉には新しい薪を足す。


 台所に戻ってマスを取り出し、牛乳をよく拭いて塩胡椒。小麦粉を薄くまぶしてバターたっぷりでムニエルに。うそです、しつこくなり過ぎないようにオリーブオイルも少し混ぜました。じゅっとレモンを絞って味を整える。


 ちなみにレモン、ここでは高級品。俺の家がある国とか、もう少し暖かいところでないと栽培が難しい。レモンや柑橘類は富の象徴でお金持ちと貴族が専用の温室で作ってるみたい。


 ナルアディルでは道端になってる状態で食べきれないのに。やっぱり流通に時間がかかると、気候が食文化に影響をバリバリに及ぼすな。


 付け合わせはキノコのソテーとアスパラガス。やっぱりちょっと破裂させてしまったので、みばが少々悪い。


「昼、できたぞ」

パンも焼きあがっていい具合。


「天気もいいですし、開けましょう」

執事が大きな扉を開けて風と光を入れる。


 金貨草を切る作業でちょっと青臭かった部屋がすっきりして、焼きたてのパンとムニエルの焦がしバターのいい香りが漂う。



 






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る