第86話 リフォーム再び

「夏が近づくたび黄斑病に怯えることがなくなる……」


 まだサインの前だが処方ごと売る方向で話を進めている。ただ、金だけで貰うとちょっとギルドとしてもきついらしく、金以外で何かないか条件を詰めている。


 特に地位も名誉も特権もいらない人間って扱いにくいのかね? にこにこ現金払いでいいんだけど、そこまで資金に余裕がないと言われると途端に困ってしまう。


 第二次討伐隊が帰ってきた際の素材の買取が控えているので、現金は残しておきたいところもあるようだ。討伐隊の大半は金ランクにくっついてきた奴なので、終了後はこの街から移動してしまう――金以外の報酬の提示が難しいのだ。


 第一次討伐の時にも、魔石の買取だけでもけっこうな金が出て行ったそうで。俺としてはギルドがさらに素材をどこかへ売り払ったあとか、加工品が売れるまで待ってもいいんだけど。


「ところで『灰狐の背』にある家って売りに出ていますか?」

『灰狐の背』は俺の家への路地とアッシュの家が面している通りの名前。


 昔は別の名だったらしいが、灰狐を核とした魔物の氾濫の時以降そう呼ばれるようになったそうだ。ちなみに市壁に沿った一番被害があった通りは『灰狐の爪』。


「ああ、ジーン様は借家でしたね?」

「ええ、近所なのでどういった人が買うか気になりまして」

「少々お待ちください」


 息抜きの雑談のつもりだったのだが、職員がどこかに引っ込んでしまった。そこまで真面目に調べなくていいんだが。隣人が面倒だったら引っ越すし。


 出された紅茶を飲みながら資料を眺める。なんか前に来た時よりも待遇がいい、以前はハーブを煮出したお茶かアルコール度の低いビールとかだった。紅茶はお高いのだ。


「お待たせしました」

しばし後、新たな資料を抱えて帰ってきた職員さん。


「ジーン様、ズバリ家を買いませんか?」

「いや、まだこの街に住んで一年未満です」

問題を起こさず住んで五年で狭い通りに面した家を買うことができ、十年と何か功績を上げることで大通りに面した場所に買える。


 さらに金持ちの住むエリアとか、防衛上重要なエリアなど、特定の団体や人の推薦がいる場合もある。各ギルドで集まってる場合もあるし、金があれば買えるわけでないのが都市の家だ。


「そこは商業ギルドと薬師ギルドが推薦いたします。今お住まいの家をそのままご購入できるかは現在確認中ですが、もう少しよい通りに家を持つこともできます」

にこやかに押してくる職員さん。蜂蜜色の髪のちょっとそばかすが散った美人で、きびきびと動く。


 どうやら新しい資料はギルドの扱っている物件のもののようだ。


「『灰狐の背』の家ですが、売りに出ています。ちょうど商業ギルドに委託なのですが、今は時期が悪いので、討伐が終わって落ち着くまでは短期賃貸に回す予定でおります」


 時期が悪いというのは住人が引っ越した理由と同じく、討伐隊が組まれたことで氾濫の可能性が噂に上がって、過去の事件が浮かび買い手がいないか買い叩かれるのだろう。俺の家で補強されているとはいえ、わざわざ一度崩された市壁の側を買う人は少ないだろう。


 買うとしたら安くて喜ぶ俺みたいなのだな。


「ここだけの話ですが、金ランクのアメデオ様が人探しをしているらしく、冒険者ギルドの正式な討伐が終わった後もこの街に滞在する可能性が高いそうです。短期賃貸はご本人たちはともかく、取り巻きの方々向けにですね」


 うわぁ、うっとおしい!


「今住んでいる家が買えるならば、そこも買いたいです」

そして魔改造して一般市民に賃貸するよ!


 一応、商業ギルドの扱う物件の説明も受けたが今の家が気にいっているということで。ギルド側はもっと金がかかって、ついでに推薦の恩恵が大きいところをそっと押して来たのだが、これで庭が広いところになんか越したらまたやることがですね……。


 話している間に、今の借家も買取可能とのことで二件まとめてお買い上げ。ついでと言ってはなんだが、台所から『灰狐の爪』通りに出る扉をつける許可をもらった。


 構造的に市壁と二階、三階部分がくっついたアーチ真下に出ることになるが、入り口が正面だけだと何かと不便でどうしても。アッシュはともかく、執事には出入りのフェイクがバレそうで不安だったもので。


 そういうわけで対価は家が二件と裏口をつける許可。新しく出入り口をつけるのに許可がいるのか知らないが、俺の家は市壁を支えるために作られた家なので念の為。


 なお、普通の家は建物の裏同士、側壁同士を共有してることが多いので新しく出入り口をつけることは物理的に無理そう。アッシュの家みたいに側面が路地に面していないと難しい。


 壁に穴を開けたら人の家みたいな何か。支配階級の一戸建てか、市壁の外に建ってる一戸建て(?)とかじゃないと無理だ。


 家の改造を終えたら貸出しは商業ギルド経由でお願いした。その前に下水関係の工事の依頼をしたのだが、混み合ってるようですぐは難しいようだ。街の衛生が向上してるかと思うと嬉しいので文句はない。


 さて、どんなリフォームしようかな? 一部屋毎にバスルームやキッチン付きは構造的に難しいし、どっちにしろ井戸の問題がある。結局一階に水回りだな。ちょっと他の借家を見て考えようか。

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