第87話 普通の成功者

 リシュと散歩の途中の広い場所でいい感じの棒を投げて取ってこい遊び。棒が気に入ったのか、くわえたまま散歩の続き。早く持ち帰りたいのか寄り道もせずにたったか走るリシュ。


 畑も順調、イチゴ用にわらをもっと調達してこないと。こっちの世界のイチゴはなんか小さいのはともかく表面がボコボコしている。そしてこれまた薬用、気鬱の病に効くらしい。実をつけるのは年二回、目の覚めるような酸っぱさだ。


 朝食はシンプルにご飯、豆腐とわかめの味噌汁、焼き鮭とたくあん、ばくだん。ばくだんは納豆、山芋、オクラ、マグロの赤身、卵の黄身と刻み海苔。卵の白身は後でムースにする予定だ。


 味噌汁の具って時々好きな具とか、ありえない具のアンケートをしてたけど、使う味噌によるよなぁ、なめこだったら赤だしとか。すーっとする味噌とか甘い味噌とか色々なのにどの味噌かは情報がなくて気になった記憶が。


 向こうの世界であちこち食べ歩きしたかったな。あ、いかん、イラっとした。こっちの世界ではあちこち行って楽しもう。どこへ行こうとも自由だし、落ち着く家がある。


 日本でさっさと脱走して一人暮らしを夢見てたせいで、どうも間取りとか家具とか立地とか楽しくてしょうがない。つい家を買っちゃったし――森の家がいじれない反動もあるけど、衝動買いしすぎだろう俺。


 今のところ家具は気に入った職人さんとまだ出会えていないので控えているけど。とりあえず借家――今月はまだ家賃を払うことになっている――の裏口だな。どんな扉がいいかちょっと考えよう。



「あれ? レッツェ?」

「おう、打ち上げぶり」

久しぶりに冒険者ギルドに顔を出したら見知った顔がいた。


「討伐行かなかったのか?」

「どうも外から来た奴らの方が人数多くてな。参加すると却ってクリスとディーンの足を引っ張りそうだし、今回はサボり」

ひらひらと手を振って見せるレッツェ。


「邪魔だな金ランク」

「こらこら、魔物の氾濫を止めてくれるありがたい存在なんだから」

苦笑いしながら一応なかんじでいさめられる。


 カヌムから情報が回って、こっちでの最初の討伐が終わったあたりから、他の森に面した町も討伐隊を募集し始めたそうだ。


 冒険者ギルドや商業ギルドが大きな力を持つのはその情報伝達能力によるところが多い。支部の多くが精霊による情報のやりとりができる人材を確保しており、対処が早い。


 水系だと音が聞こえないとか、風だと音は聞こえるけど映像なしだとか、そもそも精霊が気まぐれすぎて長時間は無理とか、ちょっとスムーズとは言えないらしいけど。


 一旦、その国のギルド本部に連絡が行き、そこから連絡網に乗るらしい。カヌムだと情報を上げるのは王都の本部と森に面した一番大きい城塞都市の支所、入ってきた情報を流すのは近隣の村四つ。


 どこに流すかはケースごとに判断されるけど、基本はそんな感じのようだ。


 アメデオローザのパーティーにも連絡要員がいるそうなので、ルフと勘違いされたあの格好で隣町に近い森をうろついてくる予定だ。ちょっとずつ北上してるような情報をばらまいて、黒山を通り越して西に誘導する予定だ。


 その前に、うまいこと冒険者ひと前に出られるように精霊に情報提供頼みに行かねば。


 因みにカヌムは人口五千人くらいの都市で、森の中にある城塞都市はその倍くらい。森から離れればもうちょっと都市の人口は多くなる。魔物や獣が出ないので畑を広げることができ、安定した食料供給ができるからだ。天候に左右されまくるけど。


 森は人にとって一種の異界で、危険な場所。恵みをもたらしてくれるけど、浅い場所の森を利用するのが精一杯。多くの人口を支えるには至らない。カヌムも小麦粉とかは西の町から大部分を買い付けてるし。


 ここが人口の割に商人の出入りが多いのは魔物素材のおかげだ。他に目立った特産品はないし、森の魔物を独占してるわけでもないので経済規模はそこそこ。でも今回は他に先駆けての討伐で珍しい素材が入るし潤うかな?

 

「討伐に参加したのはディーンとクリスか」

「だな。この街の冒険者ではハイクラスだから参加しないわけにもいかねぇだろ。ディーンは性格的にサボるかと思ったけど、ギルドに借りがあるみたいだし」


 会社勤めではなし、活動は個人の自由だ。ギルドにべったりな冒険者もいれば、貴族や大商人のお抱えもいる。ディーンのようにギルドを始め、組織や人に借りがあって動く者も。


 ただしどの冒険者も定期的に素材の納品をしたり、依頼はこなす。そのノルマさえクリアしていれば、ギルドの方針にちょっと従わないぐらいで冒険者の身分を取り上げられることはない。


 ただあんまり逆らってばかりいるとランクは下げられるけどね! 


「俺はこれから商人の護衛、アッシュはさっき熊狩りに行ったぜ」

「ああ、近所なんで知ってる」

俺が借家の窓を開けて朝の空気と入れ替えしてた時に出かけて行った。


「近所なのか。ああ、そういえば家か部屋の出物があったら教えてくれ」

「引っ越すのか?」

市壁の中にひしめくように住んでいるので、二階だけとかそういうマンションみたいな売り方をしていて、そっちは部屋と呼ばれている。


 水汲み作業があるおかげで一番人気は二階、上に行くほど不人気。使用人がいるクラスの金持ち居住区は別だけど。一階は店舗になってることが多い。


「ディーンに触発されたわけじゃないけど、銀ランクに上がってようやく家を買えるようになったんでな。せっかくなんで検討してる」


 こつこつ正規の方法で土地家屋の売買条件をクリアしたレッツェが眩しい!!


  


 


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