第399話 黒山ちゃん

 真っ黒な幹がいく筋もまっすぐ空に伸び、上の方で枝を伸ばして影を落としている。幹の太さはそれほどでもないんだけど、木々の背が高い。


 綺麗な直線、真っ黒い色。移動している間は、黒い格子を動かすと絵が動いて見える仕掛けを思い出していた。遠くの木々の隙間にいつの間にか知らないものが紛れ込んでこっちを見ているんじゃないかという錯覚。


 そう思ってたら、周囲の精霊に黒山くんが混じってたわけだけど。


 さて、どうしよう? 

 大岩おじさんに聞くより黒山くんそのものに聞いた方がいい気が――って、くんじゃなくってちゃん? あ、はい。


「そうじゃの〜……まずこの森に入れる者が少ないの〜」

『黒山ちゃん、黒いのも黒いのを産む人間も嫌いなの』


 自分も黒いのに? 黒いの違いなんだろうけどつい突っ込む。いや待って、人間嫌いなのになんで俺に名付けられた?


 大岩のおじさんはゆらゆら揺れながら、ちょっと間延びした声でのんびり話す。本体から離れられない精霊で、揺れているのは目の前の大岩そのもの。見上げるような大岩が揺れるのは、なんだか不思議な感じ。


 黒山ちゃんは苦無の尖ってる方を下にして、羽根が生えたような姿。指を通すんだか、紐を通すんだかする穴の真ん中に、黒い光がある感じ。


「森にはなんでかはいれんの〜」

『黒山ちゃんに足を踏み入れた人は、精霊界と物質界の狭間に行くの。黒山ちゃんはね、黒山ちゃんに生えてる木々のてっぺんまでは自由にできるの』


 えーと、黒山全体が『妖精の道』とか『精霊の道』とか呼ばれる、謎空間と似たような空間になってるのかな? 


「森の外には霧もあるしの〜」

『霧は黒山ちゃんの眷属なの。霧が入り口を繋げてくれてるの』


 大岩のおじさんが話すたび、黒山ちゃんがネタバレしてくるんですけど……。


「この山に好かれないモノはいつまでもたどり着けんのう」

『黒山ちゃんとは違う世界を彷徨ってるからね』


 ハウロンが『あわい』とか呼んでた気がする。精霊界に近くて、でも条件を満たせば物資界の人間や動物も入れる。『精霊の道』もその類だけど、たぶん黒山にできてる空間は出口ないんだろうなあという気がそこはかとなく。


「あんまり鬱陶しいと追い出されるしのう」

『黒山ちゃんのうんと下には、精霊界と物質界のねじれがあるの。そこにぽいするのよ』


 って、そのポイされたヤツってもしかして迷宮に出るオチ? 迷宮の魔物や動物、時々ある財宝って、どっかから湧いて出るって聞いたけど……。あちこちにあるのそのねじれ? 怖いんだけど。


「そうさのう。わしが知ってるのは巨石の精霊の時代からじゃの〜」

『黒山ちゃんはもっと前から〜。でもいつからかは忘れちゃった』


 どっちに向かって質問すればいいんだこれ。


 とりあえず巨石の精霊の時代、木の精霊の時代が結構長かったことは分かった。その後風が吹き荒れて、氷と闇が少し。今は光。


 黒山ちゃんも時を経た精霊なので、力もあるし影響を受け付けないこともある。本体が動かないタイプなので、世界中に眷属が広がるってわけじゃないけど強い精霊なのだ。


 今現在、白夜を起こしてるくらいなのに、光の精霊の眷属たちの影響は薄い。他には活動範囲が遠すぎて、こっちまで勢力が届かなかったとか。ここに火の精霊の時代はないみたい。


 人間がこの黒山に定住したことがないため、そっちの歴史は不明。成人の儀式とかいって、ずっと前から単独でここを訪れる人は定期的にいるみたいだけど。


「風が強く吹くようになった頃、この木々を切り倒そうとしたものがおったのう〜」

『黒山ちゃん、頑張ってねじれに叩き落としたの』


 ――どこかの迷宮に人型の魔物がいるかもしれません。ぐふっ。


「そう言えば勇者も何度か来たのう〜」

『黒山ちゃん、勇者嫌いなの』


 とても気が合う。


「勇者は霧を踏み越えて、勝手に色々持ってくのう〜」

『黒山ちゃんのコレクション!』

「あ、名付けに応じてくれたのは勇者が嫌いだから?」


 まぎれこんできた黒山ちゃんはともかく、大岩おじさんにはちゃんと名前を付けた――正しくは名前を聞いたのだ。

 

「それもあるのう〜」

『それもある〜』

「でも大きな理由は、おぬしの気配が落ち着くからじゃのう〜」

『黒山ちゃんね、こんなにいろんな精霊の気配が混じったのみたことないの』

「色々混じっておるのに安定しとるのがの〜」

『珍しいの!』


 くつくつと笑う大岩のおじさんと、珍しいものに目を輝かせる気配をさせている黒山ちゃん。


「え、俺って今そんな感じ?」

思わず聞き返す。


「そんなかんじじゃのう〜」

『そんな感じなの』


「安定してるならいい、かな?」

精霊の気配だだもれというのが色々不安になるけど。俺、人間ですよね……?


「そうじゃの〜。物質の体を持っておって安定させておるからの〜」

『黒山ちゃんね、好き』

「わしのように、本体を持つ精霊にはうんと好かれるじゃろうのう〜」


 物質の体という微妙な言い回しだけど、人間的にセーフ?


「勇者は安定はしておるんじゃがのう〜」

『一種類の精霊の気配が濃いの』

「偏っておるのう〜」

『黒山ちゃんのところに来たければ、せめて闇に染まってくるべきなの』


 ちょっと黒山ちゃん、それなんか闇堕ち勇者みたいなんだけど。闇の精霊と仲良くなれってことだよね?

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