第2話 転移した先は

 せっせと居場所に手を入れている現在。


 食事については、魚が筒状の籠を仕掛けたら獲れた。海に沈めた分には、蟹もかかってちょっと嬉しい味の変化だ。コツは捌いた魚のアラを餌として籠に放り込んでおくこと。


ツルと細い枝で六つ作った籠はそれぞれ三つずつ海と川に沈めてある。今のところ釣りより簡単。というより釣りは俺には難易度が高いし、時間がかかる。


 海でも川でもマスっぽいのがよく獲れる。蟹は何て言うのか知らない、食べてからそう言えば蟹も魚も毒持ちがいるんだったと慌てた。


 翌日もどこか痺れることも腹を壊すこともなく無事だったので、平気だったものは今は気にせず食べている。それ以外は逆に怖くなって手が出ない。


 水といい食べ物といい、危険のあるなしがわかる知識があればいいんだけど。そうしたら食べられるものがもっと増えるかもしれない。


 きのこがたくさん生えているけど、毒があるのかないのかさっぱりだ。


 蟹や魚は人が入らない場所で警戒心がないのか、生息数が多いのか、思ったよりたくさん捕まえられる。人が入らない場所という点は喜んでいいのか微妙なところだが。


 水と食料が確保できたらちょっと気分が上向いた。今は暇があれば寝床を整えている。急いで作った、狭く穴だらけで歪な寝床が、多少は広く穴は塗りこめられ整えられてゆく。


 例えば、床の底上げ。雨の日に水が入ってきたんで、周囲に溝を掘ったんだけど、風向きと雨の量によっては水が沁みてくることがあったので、土を盛って高くした。


ただ底上げをするのではなく、なるべく平で大きな石を運んで来て、床下に空洞をつくり、そこに暖かな焚き火の煙が通るようにした。


 泥で平に均した下には石が敷かれてその下を熱風が通って石を温める。少々寒くなったので頑張ってみた。暑くなったら穴を塞いでしまうか、焚き火の場所を変えればいい。


 木を重ねて作った壁の外側に、石と泥を重ねてつくった壁を新たに積んだ。昼間見た痕跡から思うに、猪かうさぎ、狐くらいだと思うけど夜は獣の気配が濃くなる。どこに何がいるかはっきりしないので、隙間風防止も兼ねて寝床は頑丈に。


 屋根と壁の一部は花火大会でゴミ袋予定だったビニール袋、全部木の枝とか葉にしてしまうと明かりが焚き火だけになってしまってどうにも暗かったから窓代わりに。


 鍋的なものも最初は木の皮から始まって、今は素焼きの土器を自作。あと平たいまな板みたいな石が蟹を焼く時に活躍している。


 籠での漁のいいところは時間が他に回せるところ。なお、陸の動物は捕まえたところでさばける気が全くしないので、手を出していない。


 山の上の方に雪が降った。


 冬に備えて一応干し魚と干し海藻を作ってるんだがどうだろう? 少々自信がない。寒くなってきたせいか魚が獲れにくくなってきている。涼しくても力強かった太陽の光が弱まっている。


 海藻に海水を掛けては乾かし――というか放置し、掛けては放置しで藻塩もどきも作った。まあ、海産物はそのままで塩気があるので実はあまり使わないんだけど。塩ができる前に薄味に慣れちゃったし。


 薪を乾かすための屋根付きの台も作ったし充実したと自画自賛。着替えがないのは困るけど、河原に穴を掘って水を引き込み、焼けた石を放り込むという方法で風呂も時々入る。焼けた石を放り込む時、気をつけないと破裂して割れた破片が飛んでくるので危ないんだけど風呂には入りたい。


 何かやっていないと余計な事を考えるから、目先のことで動く。でもいつまで動けるだろう?


 ここに雪が降る日も近い。


 

「きゃー! ごめんなさい!」

突然バレーボールくらいの光の玉が現れ甲高い声を上げる。


 いきなりの非現実的現象に固まる俺。


「ごめんなさい、ごめんなさい! 巻き込んでるの気付かなくて!」

忙しなく動き回る光の玉。


「なん……だ?」

人目がないことをいいことに、叫んだり大声を出して吠えたりしてたのだが、言葉を紡ごうとしたら声がかすれた。


「勇者召喚に巻き込みました! ここはあなたの知ってる世界じゃないんです」

「帰せ!」

状況も飲み込めないまま反射的に答える。ずっとずっと帰りたかったんだ仕方がないだろう?


「ご、ごめんなさい! できません。そもそもあっちの世界で亡くなる直前の方をこちらに――って、いやあああああああ! あっちの世界の寿命があるうううう!!」


 これまでの酷さにブチ切れてる俺と、パニックぎみな光の玉。いつまで経っても話が進まないので、取り敢えず溢れる感情に無理やり蓋をして、話を聞く。


 この騒がしい光の玉は、以前は神だった精霊。勇者召喚を行って、力の大部分を失い霊格が下がり、この姿になったそうだ。召喚直後は存在さえも曖昧だったそうなので、元に戻りつつはあるらしい。


 勇者と言っているけど、生き物ならなんでもいいらしい。召喚の目的はあっちの世界とこっちの世界を一瞬だけ繋げること。


 あっちの世界にはこっちの一柱の神の力が注がれ、極端な物質化による破滅を免れる。――界を繋げるにも力を使うので注がれる力はほんの少しだそうだ。


 こっちの世界はあっちの生き物を得ることで、極端な精神化による崩壊を免れる。


 細くつなげた道を、物質と精神――的な何か――が通ることによって広げるらしい。


 物質化と精神化というのが全くわからないけど、お互いの世界を繋げて、少し交換する、それで両方の世界が安定するのだそうだ。


 そして小さな生き物を呼ぶのではなく、寿命間近とはいえ人間をわざわざ選んでいるのは、はっきり言えば神々の欲だ。


 こちらの世界の寿命が与えられ、そして残ったあちらの世界の寿命分、スキルと呼ばれる能力や道具を生み出せるそうで、それが使われる度、それを作った神の力が上がる。


あっちの世界との道を作り、力を注いだ神が、スキルだか能力を生み出して加護だか守護だかを与えることになっている。


 神はこちらでは精霊のうち、力が強い者をそう呼ぶらしい。基準は一国以上の広さに天候など影響を与えられるくらい、と結構曖昧。


 道を通すには危険が伴い、下手をすると存在が消えてしまうこともある難しい作業だそうで、調整が細かすぎて全員で協力してというのも無理なのだそうだ。


 で、成功した暁には役得があるわけだ。


 しかしあまりに大きすぎる力の差は歓迎されず、こちらに呼べる勇者・・の条件は制限されている。人数は三人まで、死ぬ直前の人間。


 姉とその友人の人数と合う。俺も死ぬはずだった? いや、さっきこいつは俺に寿命があると言った。それに勇者は三人だ。


「人界が騒がしいと思えば……」

現れたのは黒髪の偉丈夫。


「ヴァ、ヴァン。な、内緒に」

「遅い」

光の玉に短く答える男。


 ローブ姿の老人。

 人形のように整った子供。

 冷たい印象の女よりも綺麗な男。

 鼻の大きなショールを目深にかぶった老婆。

 ふわふわとした印象の可愛らしい少女。

 金髪のゴージャスな美女。

 そして盲いた仔犬。


 次々と現れるものたち。


 ずっと一人だったのにいきなりの増員にちょっと呆然とする。喜べばいいのか、どう見ても人ではなさそうなことに驚けばいいのか。巻き込まれたことに憤ればいいのか。色々感情と思考が渦巻いて何もできない。


「これの処分は後にして、この者の希望を聴くことにしよう」

「待ってお願い、事故なのよ!」

ローブの老人の言葉に、慌てている様子の光の玉。処分されるのか。


「……!」

他の面々に何か訴えるかのような小さな鳴き声。


「そうよ! リシュが失敗して道にこれの力が残ってたから、予定より範囲が広まっちゃったのよ! 私のせいじゃないわ!」

いや、お前のせいだろ。


 必死なのかもしれないけど、ちょっとこの光の玉は好きになれそうにない。


「後にせよ」

冷たい印象の男が会話を切る。


「そうじゃ、異界の者よ。そなたは誰を選ぶ?」

「俺……?」

老婆に聞かれて戸惑う。


「帰ることは叶わぬゆえ、この世界での守護神を選ぶことになるのだ。普通は呼び出した者が力を贈り守護するのだがな。俺はヴァン、力と火の属性だ、破壊と再生もあるか」

最初の偉丈夫が名乗る。


「私はルゥーディル。大地と静寂、魔法」

長い髪の顔が白い美形の男。


「儂はカダル。緑と魔法、秩序を司どっておる」

整った長い髭を持つ老人。


「僕はイシュ。水と癒し」

陶器のように表情が動かない子供。


「私はパル。大地と実り」

ふくよかな初老の女性。


「私はミシュト。光と風、あと恋と気まぐれ」

ふわふわと可愛らしい少女。


「私はハラルファ。光と愛と美。――リシュは今ほとんど力を失っておる、氷と闇じゃな。そなたに何かを差し出す力もなかろう」

仔犬を見て美女が言う。


「消えちゃう寸前よね〜、前はあんなに自信満々だったのに!」

光の玉は黙れ。


「力……が重複してる?」

喉に詰まるような感じが薄れてきた。やっぱり叫ぶのと話すのでは違うんだな。


「たくさんのものが生まれいでて消える。ここに来たのが我らだっただけで他にも力の強いものはおるのだ」

「人に神と呼ばれるまで力をつけられるのは稀だけどね〜」

カダルとミシュトが教えてくれた。


「誰を選ぶ?」

ヴァンが再び聞いてくる。


「全員、は?」

「あちらの寿命の長さからいって、全員から力を贈っても余るほどじゃが、打ち消しおうて弱まるぞ。親しく譲り合うような仲なら別じゃが正直、我らはお互い普段会いもせぬ。そなたの得にはならぬ」


「あまり一人が強くなりすぎるのも……いけないんだろう? どんな願いを聞いてくれるんですか?」

途中で丁寧語に直す。


 俺のためというわけじゃないんだろうけど、誰かと話せたことが嬉しくて、来てくれたことが嬉しくて。善悪関係なく全員に無条件で好意を持っている。ただし原因の光の玉は除く。


 完全に吊り橋効果だ。人間不信気味で山にでも篭って一人で暮らしたいとか思ってたけど、それはライフラインが整った上で、そこを出れば人がいる状態での話だ。


 この島の状態は流石に無理!

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