転移したら山の中だった。反動で強さよりも快適さを選びました。

じゃがバター

第1話 山の中

 意味がわからない。


 振り返ったら見慣れない風景というか、山の中だった。


 肩には鞄。クッションのついた銀色のレジャーシートを腕に挟んで、クーラーボックスを提げた俺。


車のトランクからそれらを出して、後ろにいるはずの姉たちを振り返ったら、誰もいない上に山の中だった現在。


もう一度振り返れば、あったはずの車もない。花火大会の臨時駐車場になっていた、どっかの工場の敷地だったはずなんだが完全に山の中だ。


 夢かこれ?


 夢じゃなければ解離性なんちゃらで他の人格で生活していたのが、正気に戻って……ってことはないな。荷物そのままだし。


 俺がキャンプに行きたかったからか? 友達から誘われた渓流キャンプ。姉の横暴でこうして花火大会の場所取りと、荷物持ちをやらされてるけど、ちょっとハード目のアウトドアには気をかれていた。


 断ったあとも未練があって、勢いあまってサバイバル番組をネットで見たりしたけど、暴君な姉から離れたいという現実逃避だ。切実にキャンプをしたかったわけじゃない。


 スマホを見る。

 圏外。


 固まっててもしょうがない。夢だってことにして、じゃあやることなんだっけ? ここ数日見ていた動画を思い出す。


 一つ、火の確保。

 一つ、水の確保。

 一つ、食料の確保。

 一つ、寝床の確保。


 順番は状況に応じて。特に気温は寒くも熱くもなく、雨が降る気配も今のところなさそう?


 動画で見た必要なものを上げてみたものの、よくわからなかった。周囲を探索しながらとりあえず水を見つけるか。


 クーラーボックスに水とお茶、コーラはある。あとお弁当が四つ。なのでちょっと余裕はある。はず。


 現実感のないまま道に出ないかと、欲を言うと町に出ないかと歩く。


 けっこう勾配があって荷物を抱えて歩くのはキツイのだが、どこかに一時置きして失ったらこわい。重さもなくかさばらず、時間経過もない四次元ポケット的なものが欲しい。


 夢だと思って思考に蓋をしたけど、不安は這い上がってくる。動じない心が欲しい。


 川に出た。よし、水はオッケー。そのまま飲む勇気ないけど。

 海に出た。よし、魚を釣ろう。釣り道具ないけど。


 ……。困った、山の中だと思っていたけど、いや山の中ではあるけど、とても島っぽい。


 海沿いに歩く。椰子の木はないが、岩場で魚が取れそうだし亀の手みたいな貝もいる――あれ、亀の手は甲殻類か。


 夏の終わりだったんだが、それより涼しいようだ。日差しは強いが、海の水の温度が低いのか、海風が涼しい。南の海のように透明度はなく、黒っぽい海が広がっている。


 川辺で夜の花火大会はけっこう寒いので、ウルトラダウンを持って来ているけど、そこまで寒くはなくむしろ過ごしやすい。

 

 海岸沿いに歩いてたら、絶壁の岩肌に遮られた。遠くに島がいくつか見える。ここもとても島っぽい。いや、まだ一周していないので陸続きってことも……なさそうだけど。


 というか、流木はあるがそれ以外がない。今時、プラスチックゴミが到達しない場所があるんだろうか?


 休憩して弁当を食べ、元来た道を戻る。そろそろ夜を過ごす覚悟をしなくちゃならない。


 川と海へと至る道の勾配はきついが、最初の場所はそこそこひらけていて大きな岩もあった。


 あそこにしよう。同じとこから戻れるかも知れないし。


 戻る時に拾い集めた乾いた木を置いて、何か火をつけられるものがないかカバンを漁る。タバコ吸わないし、ライターなんかないんだなこれが。


 杉っぽい枝をカッターで両面から削って、火切り板を作る。適当な棒でぐりぐりして円形に凹んだら、今度は下に枯葉を置いてぐりぐり。とにかくぐりぐり。


花火大会の場所取りは初めてじゃないし、車なのをいいことに、色々持ってきている。酒以外の荷物を運ばされることになったのはラッキーだったのか、これ。


 銀色のやつとは別の薄いレジャーシートと、そのハトメを地面に止める杭を打つための小さな金槌、箱や袋を切るためのカッター、場所取りした土手の刈り残した篠竹を処理するために、折りたたみのノコギリ。


 人のいるところで鉈は危ないからノコギリにしたけど、鉈か手斧が欲しいよ。カッターもナイフだったらなあ。


 火は無事起きた。

 えらい時間が掛かったし、手のひらは痛いし腕はぷるぷるする。二度とやりたくないので、この火は消えないようにしよう。体力と腕力が今すぐ欲しい、いや、なんでもできる魔法のほうが欲しいか。


 ……なんとか動いているけど、思考能力は停滞中のようだ。現実逃避にはちょうどいいか。


 燃えやすい薪のほかに、乾いた倒木を運んできて焚き火にくっつけておく。太いので燃えにくいけど、そのうち燻り始めるだろう。そしたら万一焚き火が消えても火種は守られるはず。たぶん。


 大岩を背に、焚き火の様子を見る。風除けを作った方がいいかな? 日没の近い薄い光の中、石を集めて、焚き火の周りに積む。


 暗くなって動き回れなくなったところで、休みつつ自分の居場所を整える。小石を取り除いて地面を平らに。


 アルミレジャーマットを敷いてウルトラダウンを着て転がる。焚き火の枝はどれくらい保つんだろう、朝まであれで足りるだろうか?


 疲れていて食欲がない。下半身が寒いのでもそもそと起き出し、ビニールレジャーシートを取り出して掛けて寝る。焚き火にだけじゃなく、自分の寝床にも風除けを作らないとダメなようだ。


 明日にしよう。風呂にはいりたいなあ――


 鳥の騒がしい声に起き出す。


 寝て覚めて夢だった、なんてこともなく引き続きどこかの山の中。火は消えかけていて、乗せておいた丸太の一部と太めの薪が炭になってオレンジ色をしている。


 慌てて枯れ草を炭に乗せて風を送るとパチパチという音を立てて、火が復活した。小枝を焼べて一安心。また枯れ木を集めてこないといけない。


 ペットボトルを開けて、弁当を食う。水や茶はともかく、弁当は取っておいても悪くなってしまうので残りを気にせず食べよう。今日はノコギリと飲み物だけを持って昨日とは逆にゆく。


 本当に鉈にしとけばよかったと思いながら、小枝や硬い草を手足を使って払いながら進む。なんでも切れる刃物が欲しい。斜面を苦労して登ると上は岩が露出して、視界がひらけていた。


 頂上から見た四方は海。本格的に島だ。


 周りに島はいくつか見えるけれど、どこまでも続く陸というのは見えない。これは例え船を手に入れたとしても脱出不能というか、どこへ向かっていいかわからない系だ。


 頂上付近で呆然として時が過ぎる。どうしていいかわからなくて泣いた。ふわふわと現実感がないまま1日を過ごしたけど、限界。


 なんで俺がこんな目にあってるんだろう? あそこにいたのは姉に付き合わされただけなのに。行きたくもない花火大会で結局花火も見られずここにいる。


 泣いてもなんの反応もなく、風が吹くだけだ。大声をあげてみても何も返ってこない。


 叫び疲れて斜面を降りる。帰り道は乾いた枝を拾ってゆくのを忘れない。


 なんで枝拾ってるんだろうな、俺? ああ、そうだ火を消さないためだ。考えるのが億劫だし、考えたら心が折れそうだ。


 何も考えずに火を保つことだけ考えよう。周囲の枝を払っておけば煙を誰かが見つけてくれるかもしれない。うん、そうしよう。


 長丁場になりそうなので居住環境を整えることにする。周辺の木を切って使えるスペースを広げ、煮炊きの時と夜以外は青草か杉の葉を乗せて白い煙が目立つようにすれば木々の梢に煙が消えることなく、遠くから見えるようになるだろう。たぶん。


 俺の腕くらいの木を数本切り倒す、幸い太い木は少し離れている。杭を作って壁を作りたいところに打ち込んで地面に穴を開けては引っこ抜き、その穴にひとまわり太い木で俺の背丈くらいのを二本並べて立てる。それを二セット四箇所。


 並べた柱の間になるべく同じような太さの木を挟んで横に積み上げてゆき、壁を作る。途中ちょっと強度が心配になって柱を足す。


 本日はそれでおしまい。弁当を食べる。


 弁当は残り一つ。明日から食事をどうしよう? 動物を獲ったり料理するのは俺には無理だ。魚が現実的なんだろうけど。川の浅瀬にV字に石を置いて誘い込むとか?


あとは籠みたいな罠か。ツルは集めて来たけど、細い枝もたくさん必要だな。カロリーはコーラでしばらく保つけど食べられないの覚悟した方が良さそうだ。


しばらく焚き火の明かりで少し作業をして寝る。なんでこんなことになってるんだろう……。


翌日はやっぱり明け方の鳥の鳴き声で起き、行動を始める。まず、川に行って浅瀬を選んで石を積む。入り口は広く、進むごとに狭く泳いだ先は袋小路。これ、狭い出口に籠でもおけば楽かな? 


 川を遡る。水もそのうちなくなる、元気に動けるうちに水源を探しておきたい。下流の水も綺麗だったけど、やっぱり湧いてるところの方が安心な気がする。この川は小川よりは広いけど、歩いて渡れる程度の深さと広さ。もちろん、場所によっては深みもあるけど。


 ちらちら魚影も見えるのでちゃんと捕まえられれば食べられる。


 方向はちょっとひらけたところに出ると、昨日登った高い場所の岩が見えるのでその形で大体わかる。一応、スマホに方位磁石が入ってるけど目印のほうが早い。


 途中、小さな滝と泳げるような淵を見つけた。緑に囲まれたそこはとても綺麗で寒いから入らなかったけど、ちょっと現実逃避してしばらく休憩がてら眺めた。水の流れる音、鳥のさえずり、梢の揺れる音、夜は虫の音。


 これで家に帰れるのが保証されてれば言うことないんだが。


 水源は水に洗われた綺麗な砂からこんこんと湧き出ていた。掬ってちょっと飲んでみる、冷たくてクセのない水だ。濾過ろかされているんで大丈夫だと思うけど、腹を壊すと困るので最初はちょっとだけ。煮沸するのがいいんだろうけど、鍋がない。


 水源から仮の住居まで幸運なことに近かった。もっともそんなに広い島ではないので水場か魚の取れそうな場所か、どこかは必ず近くなる。


 戻る時に集めた植物のツルを置いて、今度は薪の調達。島の上のほうには乾いた倒木が多いのだが、下の方は川が近いせいか少し湿っている。後で川とは反対側がどうなっているか調べよう。


 でもまずは拠点の整備と食料の確保だ。日が当たる場所にはオオバコやたんぽぽなど食べられる草も生えてるし、海藻もある。目指すタンパク質はやっぱり魚だよな。

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