第647話 タコス
迷宮は、下への通路を通すための作業が佳境を迎えているらしい。佳境というか、そろそろ魔物たちの活動が戻ってきそうな気配だって。ギルドと作業する人たちが引き上げたら、みんなで行く予定。
迷宮に入ると時間が取れなくなるから、ただいませっせとやることをやっている。
『青の精霊島』で、チェンジリングたちに菓子を配り、子供たちとエクス棒と海老を獲り、観光客相手にタコスを売る。
窯があるんでピザの予定だったんだけど、窯に火を入れると冷え冷えプレートを入れても流石に暑いんで。トウモロコシのトルティーヤと具材を大量に作って来た。
トルティーヤを焼いて、後は客の好きな具材を挟んでソースを掛けて渡すだけだ。揚げてぱりぱりなタイプのタコスもあるけど、流石に揚げてられないんで。
「我が君の料理は、島の外の方にはもったいない……」
アウロが笑顔でタコスを齧る。
見た目は柔和な笑顔の美形、スーツの上着を脱いだ白いシャツ姿。正直ファストフードは似合わない。
「はぁ〜味のするお肉、お肉♪ 魔物肉で味がするやつ時々あるけど、臭いのよね〜」
クラシカルなメイド服のマールゥは踊り出しそうに上機嫌。
「ふん、他の店にゆく者は節穴だ」
キールがタコスにかじりつく。
アウロと同じ顔のはずなのに、こっちは妙に似合っている。
「トマトも美味しいし、レモンをたっぷりかけるのもいいわね。島の特産だし」
ソレイユ。
「オレンジでも絞るか?」
「ああ、添える飲み物でオレンジも押したいわね」
キールのぶっきらぼうな提案にソレイユが笑顔を向ける。
いや、俺の店だからね? 食堂の小さな広場に向いた狭いスペースが俺の店。食堂は別の人がやってて、ここを開けるのは俺の気まぐれ。
観光客向けのつもりだったんだけど、客の大部分は知った顔。パウロルおじいちゃんと子供たちとか、従業員とか。
「ニイ様〜、これと、これで!」
子供が細長く切ったスカートステーキと玉ねぎを指す。
挟む具材は透明なガラス容器にそれぞれ用意して、見えるように置いてある。ソース3種類と櫛形に切ったレモン。
「はい、はい。銅貨1枚だよ」
面倒なんで一律銅貨1枚にしている。
中ぐらいのソーセージ2本やちょっといいパン2個が、銅貨と小銅貨1枚くらい。……カヌムでは。
ここは島なんで、肉の値段はもうちょっと上。保存がきいて運びやすい小麦なんかはあんまり変わらないけど、薪の都合もあるんで、2、3割高い。代わりに魚介は安い。
本当は日持ちのする加工肉じゃないし、レタスやらソースやら、山の『家』で採れたやつだし、銅貨1枚じゃ足らないんだろうけど、作ったのも運んだのも俺なんで適当な値段で出してる。肉も城塞都市で買えば安いし。
トルティーヤを焼いて、指をさされた具を挟み、選ばれたソースをかけて渡す。
「なんて贅沢な……」
オルランド君が驚いている。
驚いてるけどオルランド君、3個目だからね食べてるの。全部制覇したい気配がそこはかとなく。
完全に観光客じゃなくって、住民サービスになってるなこれ。暑いし、売るのはジェラートでもよかったかな?
この世界、医療事情があれなもんで、腹を壊すだけで死に近くなる。島の住人なら、医者も薬屋もいるんで安心なんだけど、今日帰る観光客相手だとケアできないんで候補にも上げなかったんだけど。
生産効率も輸送効率もよくない世界。人は住みやすいところに集まって、魔物や獣に怯えて、天候に一喜一憂して暮らしている。中原は戦争してて輸送路分断されてるんでどうしようもないし。
この辺りは船便発達してて、他より断然便利だけど。ナルアディードに色々集まっている恩恵の範囲内にいる感じ。俺が色々運ばなくても、薬草や食材、必要なものは金を払えば手に入る。
手に入れるためのツテはソレイユが整えてくれたしね。
「ご主人、ご主人、俺も俺も」
「はいはい」
立てかけておいたエクス棒がぽこんと姿を現し、タコスを所望してくる。
枝を持って掲げ、具材が入った容器が見えるようにする。
「この肉――あとはオススメで!」
とのことなので、エクス棒が好きそうな組み合わせを選ぶ。
「エクス棒、海老も美味しいよ!」
「でっかいの獲れたもんな!」
エクス棒の登場に子供たちが寄ってくる。
よく海老や蟹、貝獲りを一緒にやっているので、エクス棒は子供たちに人気なのだ。
「ご主人、海老も!」
「海老は別で焼くからちょっと待って」
海老はタコスの具材じゃなくって、子供たちと今日の朝一緒に獲ったやつのことだ。
塩焼きでいいかな? 俺も1匹食べよう。この周辺の手長海老、美味しいんだよね!
「『王の枝』が気さくすぎる……」
ソレイユが倒れそうな顔をして顔をそらす。
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