第646話 あらためて
ハウロンを火の国シャヒラに送り届け、ハウロンの後ろカーンにお願い黙っててのジェスチャーをする俺。
砂漠に出るのは嫌だし、町中も目的地に人がいてズレた場所に出るのが嫌だし、ハウロンの私室もどうかと思うし、大体王宮の広間を指定して【転移】している。
で、気配を感じたカーンが、奥から姿を表すことがある。今ここ。
カーンは俺の『王の枝』。『王の枝』は俺の周囲にいる精霊たちとの橋渡し役、契約とか名付けとかバレるんですよね!!
「……」
「ただいま戻り……どうかされましたか?」
「……いや」
ちゃんと通じた様子。
「?」
ありがとうのジェスチャーをしていたら、ハウロンが振り返ったので慌てて手を後ろで組んで視線を逸らす。
「何かあるの?」
「相変わらず天井の装飾も綺麗だなって」
これは本当に。
外は陽射しが厳しいんで、建物の中で過ごすことが多いせいか、カーンの王宮は天井が高い。廊下とかも広く、柱はあるけどダンスパーティとかできそうな勢いの空間。
陽射しを防ぐため、大きな窓はないけど、閉塞感はない。
視界に入りやすい床や壁は落ち着いた感じで、普段意識しない天井は少し派手。手がこんでいて、眺めて飽きない。
「じゃあ、俺戻るから」
「ええ。送ってくれてありがとう」
ハウロンにお礼を言われる。
「あまり妙なものに絡まれぬよう気をつけよ」
「うん。おやすみなさい」
カーンはあまり表情が変わらないけど、呆れている気配。いや、諦めている気配? でも心配の言葉をくれる。
【転移】で山の『家』へ。
「リシュ、ただいま」
駆けてきたリシュがピタリと止まり、匂いを嗅ぎ始める。
珍しい場所に行って帰ってくるといつもこんな感じ。
満足したのか、ぺたんと座って俺を見上げてくる。『滅びの国』は何度か行っているから、ちょっと短めだ。
リシュの顔を両手で挟んでわしゃわしゃとなでる。
「変なとこ行ってきたから、ちょっと先にお風呂入る。出たら遊ぼう」
『滅びの国』は爽快さとは程遠いところ。陰鬱で冷たい国。1度目は、帰ってからも何かがそっと追ってきてるんじゃないかという気分になった。
今回は、気分が沈む。落ち込むわけじゃない、そうではなくて、『滅びてしまえ』だ。腹の底に沈む思いがたぶんこれ。
滅ぼしてやろう! という積極的な気持ちでもない。でも繁栄することも栄華も認められない、許せない。触れ合うことも熱を得ることもできず、地を彷徨い、這いずれ。助けようとする者も同じ目に――
これは、反転した『王の枝』の思いなんだろうな。うっかりその思いに沈み込みそうになる。
今は契約したばかりで、強烈に感じるけど、やがて混じって落ち着くはずなんで、しばらくの辛抱。
みんなと一緒の時で良かった。おかげで普通でいられた。
魔力は足りるけど、精神面がですね?
姉の趣味は人をあげて落とすこと、しかも人を上手く使う。そんなことをするのは、別に俺相手だけじゃなかったんだけど、俺は付き合いが長いから回数が多い。
被害の程度は軽かったんだけど、良いことがあると警戒することが習い性になってた。具体的には良いものも嫌なものも、全部一律に距離を置いてた。
おかげで人の感情の機微に疎いというか、どこまで共感や理解を示していいかわからない。最近、一律拒絶はやめた初心者です。
でも精霊との契約はある程度相手を理解しなくちゃいけない。――ちなみに名付けには、掴みどころのない精霊を、ある意味枠にはめる効果があって、理解しやすくなる。
ちいさなものなら、さすがに俺の感情の方が強いから平気。
普通の精霊はだいたい魔力を持ってくだけで、精神に大きく影響を及ぼすことは少ない。だいたいあるがままの存在だからね。
黒山ちゃんとか、魔力持ってかれたの凄かったけど。
魔物は、物理的な体を持っているんで、精神的にダイレクト! みたいなことにはあまりならないのでこれも問題ない。代わりに俺の持ってる【解放】とか【治癒】の能力も効きづらいけど。
ついでに一般的にやばいことのようだけど。
でも反転した『王の枝』の感情はなかなか重いし、大きい。長い間過ごしてるし、元々人間と精霊の間を取り持つモノというのも影響してるかも?
エクス棒は若いから、物理の枝としての存在感のほうが強いんだけど。本人も枝本体からまだ離れられないっていつか言ってたし。
とにかく『滅びの国』の反転した『王の枝』は、精神への影響がダイレクト! しかも攻撃に近い何かだった。
で、俺はといえば、まず、共感と理解がまざるんです。自分の感情が綺麗に線引きできないから、反転した『王の枝』に引きずられる。
理解はするけど、共感はなしでって分かってるんだけど、上手くできない。
でも、みんなの姿を見たら、直ぐに自分の感情が優先できた。みんなの中で、俺は俺でいたいらしい。
風呂から上がって、リシュと遊ぶ。地の民にもらった綱でひっぱりっこ。
友達もいるし、リシュも可愛い。この日常を過ごすためなら、我儘上等! いざとなったら黒精霊の悲しみや怒りなんて切って捨てる。
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