第240話 キュウリ

 次の日は夜明け前のうっすら明るい時間から散歩。太陽が顔を見せる頃になると、リシュにはもう暑いみたいだから。山の散歩コースも涼しさを求めて、上に登ることが多くなった。


 山の中にはブルーベリー、桑の木、スモモ、その他野性の果物――例の瓜の種も蒔いた。蒔いたといっても、泥団子の中に種を入れて環境がよさげなところに投げただけだけどね。


 これだけでも、種が鳥についばまれることなく、無事に発芽する可能性が高くなる。


 そんなことを思っていたら、きじがいた。茂みに隠れているつもりなのか、まったく動かない。肉は飼育されてるヤツとか、魔物化したヤツで足りてるから獲る気はないけど。


 畑はインゲン豆がどんどん生って、油断するとキュウリがあっという間に大きくなる季節。トマト、鷹の爪、丸いペペロンチーノ、赤いものもたくさん。じゃがいもの収穫時期でもある。


 ナルアディードで売りつけたじゃがいもどうなったかな? 市場に出回ってカヌムでも買えるようになった頃に、新しい種類というか『食料庫』のじゃがいもとの配合、第二世代を売りつけようと思っている。


 せっせと収穫して【収納】する。毎朝収穫しても、夕方には小さかった実がでかくなってたりするんで油断ができない。リシュは木陰の冷え冷えプレートに待機。


 日が昇って、少し暑くなって来たところで朝食。リシュの隣に座って、小川に冷やしておいたキュウリをバリッとね。


 本日はちまき。具材は海鮮と豚の角煮の二種類。竹の皮で包んだら見分けがつかなくなったけど、これはどっちかな?


 タレに染まって薄茶色いもち米の真ん中に、存在を主張するエビ、アサリ、綺麗な黄緑色の枝豆。ふっくらもちっと炊いたもち米は、アサリの出汁も効いていていい感じ。豚の角煮の方は、もち米にほんのり生姜が香る。


 合間にキュウリをかじりつつ、堪能。


「あ、パル、イシュ。食べる?」

「ああ、頂こうかね」

「頂く」

姿を現したパルにそのままのキュウリ、イシュには塩を振って渡す。


 パルはこの土地で育った野菜ならば味がするし、イシュもここの水で育った野菜ならば味がするのだそうだ。イシュは特にキュウリがお気に入りだ。


 キュウリは97%水なんだっけ? トマトも好きだというし、多分大根も好きだろう。塩を飲まれるのは心臓に悪いので、好きなものが増えるのはいいことだ。


「爽やかで良い、良い」

嬉しそうなパル。キュウリは爽やかなんだろうか? そういえばヨーロッパでは香水になるほど香りが好かれてたな。


 喜ばれると支柱を立ててるというのに油断をすると地を這ったり、他のツルに絡み出すキュウリと戦ってよかったと思う。来年は支柱だけじゃなくネットも張ろうと心に決めたところだ。


「ここのキュウリは美味しい。他の土地で見かけたが、中が白っぽく水分が不足しているようだった」

イシュがそう漏らす。


 それは品種改良が進んだ『食料庫』産のキュウリが元だから。この畑で育てた野菜はキュウリに限らず一段、味が濃い。ただ、青臭かったり土臭かったりが混じるので、そういった苗は除いて種を保存している。


 次はより良いものを! だ。


「そういえばパル、前に教えてもらった黒い岩棚ってこれで合ってる? それともこっち?」

【収納】から黒い岩を砕いたものと、陸イソギンチャクの殻を出して見せる俺。図書館に調べに行く前に会えた。


「ああ、両方さね。二十倍のその黒い土に一つの割合で殻を混ぜてお使いよ。その殻は水をかければ簡単に崩れるからね」

「ありがとう、やってみる」


 イシュにも改めて水の礼を言って、作業を再開する。二人が来てくれると、畑も果樹園も作物のできや、交配がうまくいくようで嬉しい。


 ヴァン、ハラルファやミシュトは自分の興味を持ったものに、パルとイシュ、カダルは緩く、でも広範囲に影響を与えるっぽい? ルゥーディルは滅多にこないけど、興味を持ったものに、かな? 


 多分意識的というか、性格なんだろうけど。


 それにしてもなんか途中、リシュが俺の膝に顔を乗せて来たのを見て、二人とも急に黙ったのだがなんだろう?


 昼を回って、一番暑い時間帯に終了。カラッとしててもやっぱりジリジリと焼かれるしね。熱中症はひどいと肝臓が茹ってタンパク質が変性する、危険危険。


 で、カヌムに行って、屋根裏の冷え冷えプレートを仕掛けた箱にいた、大福に指を突っ込んで迷惑がられ、アッシュのところに桃ジャム、桃シロップ漬けを届け、最後にディノッソ家。


 お子様達にバレないよう留守を狙ってそっと。


「こちら人体実験が済んでおります」

シヴァに差し出すシロップ漬けとジャム。


「あらあら、まぁ!」

「一日スプーン一杯、一口が効果的」

深夜番組の美容サプリみたいな案内をしてみる俺。


「こら、うちの奧さんに変なもん渡すんじゃねぇよ!」

「大丈夫。アッシュにも渡してきたし、スプーン一杯なら大改造にはならないから。オイシイヨ」

ディノッソが騒ぐが、人体実験は済んでいる。味も保証された。


「大改造ってなんだ、大改造って!」

「大丈夫よ、あなた。ディーンとレッツェから効果は聞いているから。しっとりもちもちですってよ」

にこにこしているシヴァ。ディーンだけじゃなく、レッツェからも裏を取っているのがさすがだ。


 でもアッシュに桃ジャムを一瓶余計に贈ったのは内緒だ。


 さあ、ディノッソ! このシヴァから桃シロップとジャムを取り上げてみるがいい!


 勝ち誇った笑いを残して退散する俺。嘘です、ディノッソがシヴァの胸は今の方が手に納まっていいとか、惚気のろけなんだかわからんことを訴え始めて空気がピンクになって来たので撤退しました。仲良し夫婦め!


 どうするんだろ? 形状変えずなら一日一舐めとかだろうか……。


 アッシュのところも執事に生暖かい笑顔を送られて早々に退散するはめになったし、予定より早く配り終えてしまった。

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