第352話 完成間近
「俺の塔にいるのは、地の民の職人さん。改装終わったら北の大地に帰るから」
紅茶を飲みながら答える。
「地の民……。この規模の領地で一人抱えているだけでも奇跡的なのに、明らかに複数……。いったい中はどうなっているの?」
眉をほんのわずか寄せて、ファラミアの用意した椅子に座るソレイユ。
「今は作業中で邪魔になるし、完成したら見せるよ。3日後、空く時間あるか?」
明日の夕方までには作業が終わりそうだと聞いている。宴会料理というか、酒樽用意しないと。
ちょっと間を開けたのは、完成が遅れた時のための保険と、宴会の翌日はダラダラしたいからだ。
「空けるわ!」
「3日後、最後の面会者はレディローザ様です。夕方四時、酒宴は好まれません」
ファラミアがソレイユに予定を告げ、ソレイユがうなづく。それにしても歌劇に出てきそうな名前の客だな。
「夜でいいかしら?」
「いいぞ」
「ファラミア、3日後までに良く効く胃薬の取り寄せを」
「はい、かしこまりました」
おい。その準備はひどくない?
ソレイユは最初こそ、ナルアディードに出向いていたが、島が整ってきたあたりで、呼びつけるよりも押しかけたがる商談相手が大多数になったらしい。時間のやりくりが楽になったそうだ。
「今更、資材も人も移動方法を聞こうとは思わないけれど、ぜひ額縁か椅子……いえ、執務机を!」
ソレイユの物欲を刺激した!
「欲しいなら頼むけど?」
「私のじゃないわよ? 貴方の。私の執務室は窓でインパクトは足りているもの」
「俺の……」
ソレイユの机の隣に置くのだろうか?
「謁見の間は嫌がりそうだから執務室を作ることにしたのよ。本館に領主の貴方の部屋がないのは変でしょう? 使わない部屋にはなるのでしょうけれど――机を頼むのが無理なら玉座でもいいのよ?」
「執務机でお願いします」
思わず答えた俺がいた。
ソレイユの物欲ってだいたい商売がらみで、私欲とはまたちょっと違う。そして今回は代官としてだったっぽい。執務机、俺は使う予定ないのにもったいない。
「だいたいこんなところかな? アウロ、キールの捕獲よろしく」
「はい、我が君」
「な! 何だ!?」
アウロは俺の命令に疑問は抱かないのだろうか、間髪入れずにキールを拘束。
「こっちは今週分、これは来られなかった時のための保存用。管理よろしく」
机に菓子を並べる俺。
すぐ食べる用は人数分のアプリコットのカップケーキ。ふかふかしたやつじゃなくって、どちらかと言うとタルトっぽい。オレンジ色の肉厚なアプリコットの酸味と、生地の程よい甘さがよく合う。
しょっぱい物派はジャーマンポテトのケークサレ風。ベーコン多め。
あと、来られなかった場合の保険用にドライフルーツとナッツを詰めた日持ちのするシュトーレン。たっぷりの粉砂糖で真っ白にコーティングしたものと、コーティング無しのバターや洋酒で仕上げたやつ。クリスマスってわけじゃないし、白くなくてもいいだろ。
「ええ、預かるわ」
ソレイユの言葉にぐぬぬぬしているキール。
ソレイユは当然ながらキールの力に敵わないんだけど、キールはソレイユが預かった物に手出しができない。だって、預かった物がなくなったら、ソレイユの責任になっちゃうから。
最初はファラミアがソレイユからすぐに受け取っていたんだけど、今はソレイユが戸棚に納める。
とりあえずこれで、戸棚に納められ、鍵を持つファラミアとアウロにも責任が発生するまで、キールも守る側に回る。
菓子は、盗み食いを阻止した者が、盗み食いに来た人の分を食っていいルールで、攻守が途中で変わったりなかなかひどいらしい。もちろん菓子を狙うと見せかけて、野菜を食いに行くヤツもいる。なお、キールは菓子専門の模様。
「我が君、ご希望の路地の家ですが、内装が出来上がりました。ご覧になりますか?」
「見る」
そういうわけで、街に移動。住人は増えているけれど、この時間はだいたい仕事。観光客を絞っているので、路地の混雑はない。
でも、家と水路の狭い隙間に椅子を出し、涼みながら縫い物をしていたり、靴を作っている職人さんとかはいるので人影がないわけじゃない。
狭い路地を通って、小さな広場に面したレストラン――の予定の建物。広場に降りる階段の影に入り口があって、隠れ家的な雰囲気。ここで、島の野菜で俺の知ってる料理を出してもらう予定。
これから生食とかに抵抗のない料理人を探す。小さな店で、一階には中の見える厨房と客席5つ。二階に従業員用の部屋二つと物置。坂の上に出入り口があって、そのまま道から入れるので二階と言っていいのか謎だけど。食材の搬入や、保管は二階だ。
一階には俺用の小部屋を一つ。ピザ窯と作業用のカウンターをつけてもらい、気が向いたら何か作る予定。テイクアウト専門、受け渡しの窓もつけた。基本的には客がいっぱいでも入れてもらって、俺が食う場所になる予定だが。他人の料理が楽しみな俺です。
後日、調理用の暖炉が狭い店で燃え盛るとどうなるかを知った。カヌムくらいの気温だったらいいけど、島は暑い!!!
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