第351話 飛び地

 自分の『家』が事件現場で、容疑者多数なことに気づいてもぞもぞする俺。森のノートが震源地ではなく、爆心地って言うわけだ。


 ヴァンが顔を出さなかったのって、もしかして一番やらかした? 相手はリシュ――というか、リシュ過激派ルゥーディルだろうか? カダルとかは止めようとして結果的に被害を乗算してそう……。


 威嚇の死合、じゃないし合いだって言ってた気がするんで、ヴァンも無事だといいけど、精霊で気を飛ばすって存在そのものが気みたいなもんだし、ちょっと心配だ。


 それに勇者連中に興味持たれたりしなかったのかそっちも心配。『家』の結界には入っては来られないだろうけど、【縁切】効いてるといいな。


「ソレイユ様の手が空くのにもう少々かかります。申し訳ございませんがお待ちを」

執務室に近い部屋で、アウロがお茶を出してくれる。


 紅の強い茶色、香りもいい。むちゃくちゃ高い紅茶な気がするが、日本で飲んだことのあるのと同レベルでもあって、どう反応していいかわからない。


 紅茶は麻袋に入れられて、遠路はるばる半年以上かかって運ばれてくるって聞いたことがある。始めは胃腸薬や痛風の薬扱いで、ようやく嗜好物として広がってきたところ。


 粗悪な上に古い、どっちかというと緑茶? みたいな……まあ、発酵不足なものが多い。茶葉の中にトネリコとかヤナギの葉が混ざってたりもする。


「これいいお茶だな、いくらくらいなんだ? あと、ふらっと来る俺が悪いんだし、気にしなくていいぞ。別に急ぐような用事もないし」

塔の進捗見にきただけだし。


「麻袋の4分の一量、ひと壺金貨75枚よ! 普通の茶葉の4倍の値がついているわ」

紅茶のカップを置いたところでソレイユがばーんと扉を開けて入ってきた。


「75枚……高っ!」

ヤバイ値段ついてた!


「うちは、領主がそれを飲めるだけちゃんと儲けているから安心しろ」

キールが言う。


「ソレイユ様の胃薬としても……」

つぶやくファラミア。紅茶に胃薬の効能求めてる人いた!


「割れやすい壺で特別に運ばれてくる上、通るところ通るところで通行料をぼったくられてるのよ。私が知る限り、紅茶はナルアディードで扱われる品の中で、一番遠くから運ばれてくるものの一つよ」

会った早々俺の疑問に答えてくれるソレイユ。


「なるほど、上乗せがひどいのか。抜け出してきて平気なのか? 俺の用事は急ぎじゃないぞ」

「そっちになくっても、こっちにはある」

相変わらずなキール。


 どうやら色々ある様子。


「まず、タリア半島のリプアという地域の少し陸に入った土地を買い取っていいかしら? この場合領民も付いてくる、支配権ごとの買取ね」

ソレイユが話している間に、ファラミアが地図を俺の前に広げる。


 リプアはタリア半島の南、東側の海に面した場所だ。赤で囲まれている内陸側の土地が今回話題の土地なんだろう。


「去年の干ばつでどうにもならない土地を押し付けたいという話なのだけれど、港の使用権がつくわ。うちには大きな船は入れないし、ナルアディードは一杯で、割り込もうとすると馬鹿高いの。マリナに借りている土地をやめてリプアに移したいのよね」


 海側の金になる場所はそのまま自分で治めて、ヤバイ土地を売りたいってことか。で、作った野菜の運搬に船が必要で、ソレイユが相手に港の使用権をつけさせたって感じかな?


「マリナのあの場所は、領主が契約を更新するときに税を上げると言い出しましたからね」

「ええ、少し上げる羽目になったわ。まあ、あそこも干ばつの影響があるみたいで、資金が欲しかったんでしょうけれど。やり方が卑怯で、関わるのが面倒なの。リプアは、一定額の港の使用料と通行税以外、他の税は無しの確約をもらったわ。しかも契約は永年ね」


 こっちの税ってアバウトだよな〜と思う俺がいる。領主の胸先三寸だからな。


「交渉相手の今の当主も次代の息子もいい人よ。今回の話も、土地の買取価格の吊り上げより、領民の餓死者が出ないようにしてくれというのが本音ね。――今季の麦もダメだったらしいわ」

「ソレイユは助けてやりたいんだろ」

キールが言う。


「ええ。でもタダで助けるのは性に合わないの」

「領主はともかく、マリナで農業してた人たちは引き上げて平気なのか?」

「こちらが借りていた土地に関しては、干ばつの被害がほとんどなかったし、大丈夫よ。お願いしているトマトやナス、見たことのない野菜よりも、被害がない土地で、麦を作りたいみたいだわね」


 その辺の問題がないならってことで許可。船は落ち着いたら借りるか、儲け次第では小型船を買うそうだ。扱うのが野菜なんで、どうせ遠出はできないから小さくっていいそうだ。


 ちなみに、ソレイユがやっている商会の取引は、海運会社に委託しているそうだ。大きな帆船を持つことをステータスにする商会もあるが、ソレイユは今のところ海運会社に委託か、船と船員を航海ごとに借り上げているらしい。


 その他色々な書類を見せられ、新たに入った住人との契約を見せられ――ソレイユが契約した人間側の職人――、学校の稼働の報告とか、一通り報告された。


「これで報告すべきことは報告したわ。さ、貴方の塔にいる集団がなんなのか教えてちょうだい! 急に玄関扉が芸術品に変わってるじゃないのよ!!!! なんなのあれは!?」


 あ、ファラミアがまたソレイユが倒れこむ場所として、椅子とクッションを用意してる。

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