第249話 避けてた理由と浮上

 城塞都市到着。正直すごく入るのが嫌な俺がいる。

 馬から降りて、門番に金を払って手続きをする。時期や時間にもよるけど、人の移動はそう多くないので待ち時間は短い。


 一回手続きを終えた冒険者の出入りは、ギルドのタグと依頼票を見せるだけで、こっちは窓口ではなく、門番に見せるだけ。引っかからなければそれで済んでしまうようだ。


 いかん。広場が気持ちが悪い。人が気持ち悪い。


「ジーン、顔色が悪い」

アッシュが怖い顔になりながら言う。


「広場抜ければ平気だと思うから、お構いなく」

ルタ~。ぺったりくっついてルタが歩くのを邪魔しながら進む俺。覚悟して来たつもりが、どうやら足りなかったようだ。


「あー。ここで男爵の処刑があったのは、もうジーンがこっちに来てる頃か」

そして相変わらず察しのいいレッツェ。


「ああ、あったな。って、お前の感覚だとキツそうだな」

ディーンの声。そうです、初めてここで人が死ぬのを見た。


 いや、正確には途中で逃げ出したので、現場は見ていないのだけど。いや、処刑される人には悪いが、むしろ決定的な死の時の方がマシだったかもしれない。


 ただの処刑ならともかく、落とした手足の代わりに枝がさしてあったり、グロかった。そしてそれを完全に見世物として楽しむ住人が、なかなか衝撃的で忘れられない。


 死が身近だからこそ、ただの処刑では物足りない。特に民に迷惑をかけた貴族階級の処刑は徹底的に貶めてから――民のガス抜きを兼ねて、ひどいときには町や農村を本当に見世物として回る。


 民を抑圧し、殺す立場のものが転がり落ちる。立場の逆転にひと時の解放と、喜悦を。


 個人の反応ならば諌めるなり否定する。でもこっちはあれが普通、あれを否定するなら国やら何やら体制から変えなくちゃいけない。何もする気のない俺が、こっちの価値観を否定する資格があるとは思わない。


 シヴァがトドメ刺して回ったのは、命のやり取りが身近な、こっちの世界の対応として納得できたんだけど。


 ちょっと今、みんなの顔を見たくない。うっかりあの顔と重ねてしまったら怖い。


「ジーン、名誉ある貴族は例え政敵に陥れられ死ぬことになっても矜持は捨てない。王や領主は全ての民に都合の良い運営はできない。でも、善政を布いていれば、死ぬ時に涙されてもわらわれることはない」


 む、アッシュが長文話してる。


「町の住人も農村の住民も狭い枠の中で生かされてるからな。同じ喜び、同じ恨みが一斉に伝播する。そこに違う価値観の奴が放り込まれたら怖えよな」

レッツェ。


「数は暴力でございますな」

執事。


「俺たち冒険者は枠からはみ出してっけどな」

ディーン。


「枠からはみ出るのもいいものだね!」

クリス。


 頭をポンポンされる。この手はディノッソか。そういえば他の農家の価値観――子供が消耗品のように扱われる――についていけなくってディノッソ家一辺倒になったんだった。


 どうせ俺の世界は狭い。周りにいる人たちの価値観が好ましければ、他の大多数はいいや。気分が浮上してきたらなんか恥ずかしくなって来た。


 ちょっと甘やかされてるな俺。いかん、いかん。


「ジーン、ほら。城塞都市名物が売ってるぞ」

レッツェの言葉に顔を上げる。肉を焼くいい匂いが漂っている。


「……我が主人は簡単構造だな」

聞こえてるぞ、カーン!!!!!!!!


 って、豚の鼻だけ串に刺されてる!? ビジュアルが衝撃なんですけど、城塞都市名物!


「一個買ってやるから元気だせ」

え、レッツェ、ちょっと抵抗があるんですけど! そう口に出す前に、馬の手綱を半歩進み出た執事に預けて店に行ってしまう。


「ほれ」

どきどきしてたら、差し出されたのはちょっと固めなパンの真ん中に、溶けたチーズと卵。


 豚の鼻が名物じゃなかったのね……。


「カヌムと違ってこちらは鶏の魔物が多うございますからな」

なるほど、執事の言う通りで周りを見れば鳥の丸焼きや半身を売る店も多い。簡易的な露店もあるけど、建物の窓みたいなところに板を張り出して売っているところも。


「猪も多いよ!」

クリスの言葉に豚の鼻から猪に鼻に認識を改める。どっちにしても衝撃は変わらない。


 得られる肉が美味くて豊富、城塞都市に人が多いわけだ。カヌムと同じく冒険者や移動する商人が多いからだろう、外で食事が賄える場所もたくさんありそう。


 レッツェに買ってもらったパンをもぐもぐしながら、あちこちに視線を飛ばす。元気になったのは開き直ったせいであって、パンにつられたからではない。


 でもこれ、卵が半熟でとろりと流れ出したら好みなんだけどな。やっぱりここでも卵はきっちり火を通すのか。

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