第252話 迷宮入場

「じゃ、昨日の打ち合わせ通りに」

「はーい」


 冒険者ギルドの見届け人は、怖いことに副ギルド長。レッツェ曰く、誰かのファンだからと言って騒ぎだすようなタイプではないってことで、もしかしたら他の目的があるのかと、話が白熱しそうになった昨日の夜。


――怪しすぎてついてくる気になったのかも? って誰かの一言で一気に沈静化。


 届出の時に、カウンターに行ったのは試験を受けるディーン、クリス、そして二人より上のランクということでディノッソ。俺たちはちょっと離れて待っていた。


 待ってたけど、カーンは物理的に目立つし、そして、ここの副ギルド長は精霊が見える人な模様。集団の怪しさの否定ができない……っ! 


 俺は一言も話してないので離脱しても平気だろうけど、副ギルド長の視界に入ってしまった面々は、今更やめたら痛くもない腹を探られそうってことで全員参加。


 とりあえずコートローブを引っ張り出してきたものの、街中でこの夏の盛りに着込むのは怪しすぎるため、普通の格好の現在。迷宮内は下に行くほど涼しくなるようなので、装備はそれからだ。一応、これを着るつもりですよと、みんなに見せた。


 大丈夫、以前ルフごっこしたローブとは違う。内側の肩甲骨あたりに冷え冷え魔法陣、腰のあたりに暖かくなる魔法陣を描いた新しいコートローブだ。


 宿で昼飯になるパンに肉を挟んだものを受け取り、出発。


「あれが勇者の滞在している『天上の至福』だよ!」

「うわさの勇者娼館」

建物自体もなんか白っぽいし、彫刻バリバリ。通り自体が娼館が集まってるとこみたいなんだけど、なんか変わった建物いっぱいある。


 娼館通りを横目で見ながら通り過ぎ、俺は広場へ。みんなはギルドへ。広場を通って、門へゆくのでみんなが来るまで俺はここで待機。


 広場には市場が開いていて、ここにもパンやチーズが売っている。いや、雑貨も売ってるけど。


 七月に収穫した麦が出回って、新しい麦でパンが焼かれる季節。


 収穫された小麦は一旦集められて、種子の大きさ・色・密度・組成によって大きく三つに分けられ、選別されて札がつけられる。


 上等の麦、選りすぐりの麦は名士や有力市民の家長、都市のパン屋の元へ。ごく普通の商売用の麦は一番大量、買うのは地方のパン屋とか、宿屋とか商家で従業員用にパンを作るところとか。低品位の小麦はさらに貧しい者向け。固い部分を避けることもせず、だいたい全粒粉のパンになる。


 小麦粉は数日、空気になじませ熟成させる。挽きたての小麦は吸水率は低く、練っても生地にまとまりにくい。そんなこともあるせいか、こっちの世界、日本のお米と違って、なるべく新鮮なうちに! という考え方とはちょっと違う。初夏に刈り入れられた小麦でできたパンは今の時期、秋口に出回る。


 そういうわけで、焼きたてのパンを少々購入。


 昨夜は冒険者用の店が並ぶとこだったけど、広場には色々な露店と広場に面した店がある。城塞都市はいろんな樹液の砂糖やシロップが有名だと聞いてる。帰りも寄る予定だけど、予定は予定なので今のうちに手に入れておこう。


 ギルドへの距離的にまだ時間は大丈夫だけど、じっくり選ぶのは止しておく。三種類、六袋を急いで購入。お金持ち向けのお土産品のようで、手のひらに収まる小さな袋だが、しっかりしている。お留守番のディノッソ家に配る予定なのだ。


 あとは門に近い場所の露店をうろついていよう。あんまり見て回ると時間を忘れそうだし。


 ディーンたちの姿を視界に収め、俺も迷宮行きの馬車に乗る。迷宮に行く人は多いので、馬を乗り付けるには別に許可がいるのだ。


 副ギルド長というのは、なんか「魔法使いだけどちょっと回復も使えちゃいますよ、僕」みたいな眼鏡。精霊憑きで二十前半に見えるけど、四十超えてると聞いた。


 そっと見てみると綺麗な白蛇型の精霊が腰から背中を巡って肩からにゅっと顔を出している。よく見ると真っ白ではなくって、うっすら金色。何属性ですか? 光と風かな?


 クリスの精霊は相変わらず顎を指先でぐりぐりしてるし、平和な道中だ。


 迷宮の前にある建物で手続きをして金を払い、初潜入。ここの迷宮の入り口は定番の洞窟。お話の定番ってだけで、こっちの世界では森の中に突然あったり、建物の中だったり色々なんだけど。


 なにせ迷宮の定義は魔物が多いこと、わきやすいこと、魔物が魔石を持っている確率が多いこと、そしてありえない空間構成というだけだ。


 迷宮の浅い場所は人がそこそこいる。一応この辺りは地図があるので、下に続く道はチェック済み。森の調査の時もそうだったけど、だいたい休憩場所も決まっているので、はぐれた時はそこを目指すよう言われている。


 予定としては浅い層は早く抜けてなるべく早く下に潜る。二十階層より深い層の魔物の素材を持ち帰る。細々とした行程もあるけど、大きくはこんな感じ。


 カーンの後ろ姿を目印にあとを追いつつ、他の冒険者の姿がなくなったところで小声で精霊に名前をつける。地衣類の精霊、石灰の精霊、響の精霊、とりあえず洞窟迷宮一号、洞窟迷宮二号――。


 最初にお願いしたのは、契約のことは内緒、特に前を行く眼鏡にバレないよう願う。


 今のところ狩り尽くされてるのか、魔物との遭遇もない。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る