第194話 連行

 アッシュの腕輪に憑いた緑円から国を出たとのジェスチャー。ちょっと遅めだが、予定の範囲内なのでホッとする。


「了解。ありがとう」

人指し指の先を上下させると、それに合わせて精霊が上下に動く。「はい」とか「了解」のジェスチャーだ。


 これでアッシュの方にいる緑円が同じ動きをしているはず。俺は話せない精霊のたぐい相手でも、なんとなく言いたいことは伝わるし伝えられる。でもアッシュはそうではないので、五種類くらいジェスチャーを覚えてもらった。


 馴染めばアッシュもそのうちわかるようになると思うけど。アズとはうまくやってるようだし。


 本日は森の家に手を入れる。


「屋根作りの手伝いをお願いします」

「おう」

ちょっと前に何日か置きなら手伝ってくれるという言質を取り、昨日帰りに今日ならという答えをもらっていたレッツェを誘拐。


「いや、返事したとたん別な場所に連れてくるのやめろ。脳がついてこねぇ!」

有無を言わせず【転移】して叱られる。


「覚悟決めないうちの方がいいかと思って」

悩むだけ無駄だと思うんです。


「説明を省くな、説明を!」

「屋根作り、屋根作り」


「カヌムの屋根をき直すのかと思ってたんだよ! お前、雨漏り気にしてただろうが! どこだここ!?」

「森です」

「見ればわかるわッ!」


 聞いておいてひどい。


「森の奥の方? 三本ツノの狼とか出る」

最近、魔物も黒い精霊もここに寄り付くことがなくなったけど。


「死ぬだろうが!」

「この明るい範囲は安全圏だから大丈夫」

「……」

眉間に手を当てて黙ってしまったレッツェ。


「すまないねぇ。材木を持ち上げるだけならいいんだけど、位置合わせとか一人じゃ辛くて」

「ああ、もう、さっさとやるぞ。終わらせて現実に帰りてぇ」

いや、ここも現実なんだが。


 まず棟木むなぎを上げるところから。屋根の一番高い位置に来るもので、これを上げる日が上棟式じょうとうしきをする日だ。こっちでその習慣があるかは知らないけど。


 棟木には垂木たるきを組めるように加工をしてあるので、レッツェに反対の端を持ってもらって位置合わせしながら組む。垂木の角度が屋根の勾配になる。


 昼は炭と網を用意して焼肉。手伝いの報酬は飯の約束だから、とりあえず無難なところで。


 肉は『食料庫』から和牛君。ロース、ハラミ、カルビ、壷づけリブ。牛タン、舌の根元の方はあまり動かさないので柔らかく白っぽい、ここは分厚く。先よりの方は硬いので薄く、こりこりしてこれはこれでいい。


 野菜は玉ねぎ、ピーマン、ぶっといアスパラ。豚肉も少々、白いごはんと白菜のキムチ。サンチュ準備よし!


「飯の準備できた」

「おう」

陽のあたる範囲から出ないよう気をつけながら、周囲を見て回っていたレッツェを呼ぶ。


「こっちが牛、このへん豚肉な、どんどん焼いて食べてくれ。これ肉を挟むやつ」

肉の皿とトングを渡す。


「また変わった道具が出てきた」

「お箸よりは簡単だぞ」

肉を一枚挟んで焼けた網の上にじゅっと乗せる。


 じゅっと焼いてがぶっと。


「あ、これビール」

テレビ番組とかCMの影響なのか、冷たいビールを飲んでみたくなる誘惑が。一年我慢したんだから我慢するけど、代わりにレッツェに飲んでもらおう。俺は炭酸水!


「冷えてるな」

受け取ったレッツェが言う。こっちのビールは常温なのだ、冷蔵庫ないしな。


「お疲れ様、ありがとう。すごく助かった!」

「手伝ってやるから、もうちっとマシな誘い方しろ」

炭酸水を軽く上にあげて見せると、レッツェもビールのグラスをかかげる。


 マシな誘い方ってどんな誘い方だろうか。


「うわ、肉が柔けぇ!」

「口が脂っこくなってきたら、辛味噌これをつけてサンチュこれに巻いて食うといいぞ」

こっちの牛はあまり栄養が行き届かないのかなんなのか、脂が少ない。あっても霜降りなんて存在しないのだ。


 俺は白いご飯と交互に食うけどな! ご飯も肉もお箸で食える者の特権だ。ご飯を食う時、いちいちスプーンには持ちかえないのだよ、はっはっはっ!


「お前、本当に器用だな。だが便利そうだ」

「いや、俺の出身地域はほぼ全員使えるぞ」

「前の世界の道具かよ。こっちじゃ棒で食うなんて見たことねぇから、人前で使うなよ?」

「はーい」

レッツェの俺の棒の印象が強い!


 なんだかんだ言いながら、垂木の設置が終わった後も、夕方まで付き合ってくれた。お土産に酒を一本進呈して本日終了。


 翌日は一人で孤独に瓦き。屋根は青黒い自然石を薄く割った瓦で、色は気に入ったんだけど、石は水が沁みてくるから雨漏り防止に下に銅板を張った。銅板を張れば屋根としてはもう機能しているのだが、外観は大事ってことで。


 ヨーロッパの聖堂とか屋根は青銅葺きで緑青ろくしょう色してるのいいけど、森のこの家ではちょっと。


 なお、銅板は魔銅改め精霊銅な模様。重さを心配してたら、紙より薄くしても、すごく丈夫だった。他に使い道ないし、ガンガン使っていく方向。


 島の方は今頃、すでに移住希望を出してくれた建築士と石工の二人組が、塔の井戸の周囲に通路を作っているはず。きっと井戸に水がひたひたしているのに驚いていることだろう。

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