第193話 赤トカゲ

 ミニトマトの青じそ入り出汁漬けは好評。湯葉に至っては日本食だと多分気づいていない。


 そして味噌汁、味噌でアオサとネギを包み込んで、乾燥麩を一つ。味噌玉をカップに入れてお湯を注ぐ。


「スープか? 変わった匂いだな」

「俺の故郷の料理だな。具材は蕪でもいいし、けっこう融通が利く。よく混ぜて」

カップにフォークを突っ込んでレッツェに渡す。


 当初はとっつきやすいように、蕪とかこっちでよく見かける野菜を入れようとしていたのだが、なんか夏野菜では味噌汁の具にしたいものがなかった。


「へえ。強いクセと嗅いだことのない香りでちょっと抵抗があったけど、独特の旨味がある。慣れたらそれこそクセになりそうだ」

ひとしきり匂いを嗅いだり観察してから飲んでの感想。


 よしよし、肉でもパンでもシンプルな味で固めがいいというディーンと比べて柔軟だ。


 そして始まるお箸チャレンジ。地面に書いた二つの円の片側に木の実を置いて、もう片側に移して見せたら、挑戦し始めたレッツェ。まあ、トカゲの集まり待ちのいい時間つぶしだ。


「わはははは! 逃げられてる!」

タコスを食べながらエクス棒が騒がしく見学。


「王の枝に笑われることになるとは思わなかったぜ……」


 レッツェは真剣な顔をしているのだが、箸を交差させてしまったり、つまむ時に力を入れすぎて木の実が滑ってすっぽ抜けたりしている。箸で追って、追った分だけ転がるとか。


 エクス棒の言う通り、木の実に逃げられているように見える。なんでも器用にこなすレッツェにしては苦戦している模様。


 エクス棒は三頭身みたいな感じだから、持ち上げる手は小さく、口は大きい。大声で話しながらは少し行儀が悪いが、でっかく口をあけてかぶりつく姿はなかなか愛嬌がある。


 元気が良くって落ち着きがないエクス棒だが、実は引きこもり。棒――じゃない、枝や木として治世に口を出さずに見守る系の性格という自己申告を受けている。


 リシュに噛まれている時も機嫌が良さそうな気配はするのに、出てくることは少ない。いや、他の王の枝や精霊の枝は普通はこんなに人前に出てこないのだそうだ。これでも出現率が高めな男だそうです。


 普通は呼びかけても出てこない系が多いんだぜ、とエクス棒。


 レッツェがエクス棒に色々言われるのを聞きながら、リシュに草の実が付いていないかチェックしてブラッシング。いや、汚れないし毛玉も出来ないんだけどな。気分ですよ、気分。


 小一時間後、草を仕掛けた場所を見回ると赤いトカゲがちょろちょろとうごめいている。


 俺がそっとエクス棒の先で苔を持ち上げると、レッツェがゆっくり静かに手を伸ばし、首を掴んであっという間に袋の中へ。


 今度はレッツェが苔を持ち上げ、無言でやってみろと促す。赤トカゲはゆっくりした動きをあまり認識できないようだ。


 ゆっくり手を伸ばす。草の臭いに酔ったようになっている赤トカゲは鈍く、大きな音を立てるか、触れない限り逃げ出すことはない。


 教わったコツは首を掴みつつ、頭の付け根をちょっと強めに押すこと。そうすると体のうねりを止められるらしい。


 ぬるっと逃げられました。逃亡した赤トカゲをリシュが前足でたしっと捕まえた。


「リシュ、そいつ毒……っ!」

首を傾げて俺を見てくるリシュの前足を慌てて持ちあげる。


「いや、だからこんくらいじゃなんともねぇだろ」

そう言うレッツェは手に赤トカゲをぶら下げている。素早く逃げた赤トカゲをすかさず捕獲したっぽい。


「ぬるっとしてて逃げられた」

リシュの肉球を確認して拭く俺。


「まあ、慣れねぇうちはちょっと捕まえにくいな」

「手袋も邪魔だ」


 赤トカゲのフルネームは赤毒隠れトカゲ。ウナギみたいなぬるっとした体の表面は毒の粘液で覆われている。死んでしばらくすると、この粘液も乾いてしまうので、なるべく生け捕り推奨。粘液も薬の材料になるんだそうだ。


「こっちにいた二匹は普通のトカゲだな。ツノ有りはもっと素早いぞ」

ニヤリと笑うレッツェ。


 おのれ、木の実チャレンジ失敗してたのに……っ!


「ほれ、ツノ有りだ」

「うをぅ!」

思わず慌ててエクス棒で押さえる。魔物化した赤トカゲは顔を狙って毒を吐いてくる上、小さい割に力も強め、素早く押さえて無力化しないといけない。


「お前……、素手より棒なのか」

エクス棒で地面に押さえられた赤トカゲを見て、レッツェが言う。


「いや、さすがに偶然だ。――でもちょっとコツがわかった気がする」

力加減とか、押さえるべき場所とか。


 でもやっぱり棒の方がやりやすい気もする。エクス棒でキュッと押さえて、動きを止めてから袋に放り込む。


「いや、うん。その棒も普通は祀られてるヤツなんだが、毒はいいのか?」

「棒だし。後で拭くけど」

いまいち納得いかない顔のレッツェ。


 棒の前に精霊なのか、精霊の前に棒なのか――なんかぶつぶつ呟いているレッツェ。


 その後は赤トカゲを逃すこともなく、学習課題終了。後で、今日のお礼にお箸と豆をレッツェに送ろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る