第206話 食べ比べ実験

 自分の塔に行って、今日は一番てっぺんの改装。塔の上はチェスのルークみたいな形をしている。その上の真ん中に円錐形の屋根のついた小屋がある感じ。


 改修してくれた大工には悪いが、床板はそのままに、まずこの屋根と壁を撤去、【収納】に放り込む。『斬全剣』と【収納】のおかげで楽だ。当初半分残すつもりだったんだけど、防水方法の関係で残すと具合が悪かった。


 のこぎりみたいなでこぼこの鋸壁きょうへきの内側を綺麗に整える。床にモルタルを敷いて平らにし、そこに薄く丸く斬ってきた大理石をぴったりはめる。大理石は吸水率が低い、ついでに風呂桶も大理石だ。


 大理石の板は持ち上げると自重で割れそうだけど、そもそも持ち上げないので平気。面倒だったんですよ、防水。これならあとはビチューメンとか土瀝青どれきせいと呼ばれる、いわゆる天然アスファルトを隙間にぬりぬりすれば済んでしまう。


 一旦下の階に【転移】して階段を上がり、下から出入り口の穴を空ける。後は土の厚み分、階段追加して、水抜き穴を作って――大理石の板自体、少し傾斜をつけてるので多分これでいいかな。


 よし、休憩。昼!


 おにぎりをもぐもぐしていたら、下からアウロの呼ぶ声。


「なんだ?」

下りていって玄関から顔を出す。


「職人たちがこちらの塔の屋根が突然なくなったと騒いでおります」

「そういうこともある」

この後突然屋根が現れることもあるので諦めて欲しい。


 あるわけないだろうそんなこと! という顔で見られるが気にしない。目立たないように夜に作業をしようかとも思ったけど、暗いと位置を合わせるのとかやっぱり不便で無理。


「適当にごまかしといてくれ。キールが一緒じゃないのは珍しいな? いや、そもそも昼飯の時間か」

「……キールたちはケーキの切り分けに夢中なもので」

ため息をついて答えるアウロ。


 あー。


「途中、私がいい加減に切ったせいで阿鼻叫喚でした」

どこか清々しく告げるアウロ。


「昼飯後のデザートで出したのか」

「ソレイユは出すつもりはなかったようですが、キールとマールゥが木箱を見た途端、戦闘を始めそうになりまして……。ソレイユの提案で、全員で切り分け始めたのですが休憩時間いっぱい使いそうですね、あれは」


 もういっそ秤を使えと思ったが、それはそれでフルーツの配分で揉めそうだ。


 アウロは昼抜きだそうです。


「今から戻っても食いっぱぐれるんじゃないか?」

「動くのにまだ不足は感じませんので」

「ああ、じゃあちょっと実験に付き合ってくれ。待ってて」


 アウロをホールに入れて、俺は上に駆け上がる。何もない部屋に味も素っ気もない机を出して、薄切りにしたパンにニンニクとオリーブオイルを塗ったものを並べる。興味があって用意していた食べ比べ用だ。


「用意できた、上がってきてくれ」

「なんでしょうか?」

丁寧だけど相変わらず暇だから仕方なく付き合ってやっているやれやれ感の男。


「いや、どの組み合わせが味がするのかと思ってな」

並んでいるのはそれぞれ、街で買った作物、畑に植えたこっちの作物、食料庫の作物と交配させた作物、『食料庫』のもの。


「一応、酒ね」

なんで一応かというと、俺の作った白の泡、作ったはいいけど俺は飲めていない。来年、来年には成人するから!


 クリス曰く、べたつかない甘さと、細やかに弾け踊るような泡の口当たり、だそうだ。


 アウロがため息をついて、いただきます。まあ、食うことがどうでもいい人に付き合わせているんだからしょうがない。でも、腹塞ぎにはなると思うから諦めてもらおう。


「これは味がありません」

「うん。その辺で買ったものだな」


「これも味がない」

『食料庫』バツ。


「こちらは味はしますね」

『食料庫』と畑で採れたこっちの野菜の組み合わせ。


 ここでワインを一口、これも味はするようだ。使った葡萄は『食料庫』の葡萄を果樹園に植えたもの。


「このワインがあれば多少食事時間が楽になる程度には」

普段どんだけ食事が苦痛なの? いや、味がしない仲間だった周囲がわいわいやってたら嫌か。


「ああ、でもだんだん味が……。これは美味しいです。なんなんですかこれは?」


 最終的に判明したのは畑の交配種が一番味がして、おいしいと感じるらしいこと。オリーブオイルとか全体に行き渡るような使い方をしていれば、他の材料が混入していてもまあまあおいしいらしい。


「なるほど」

出会った時に渡した、生地にイチゴを混ぜたクランベリークッキーからして、まあ少し予想はしていた。


 うちに来る神々も完全に自分たちで生み出した『食料庫』のものは、好物以外は味がしないし。


 腕のいい薬草師の作った薬茶とかは味がするって言ってたし、美味しいか美味しくないかはまた別で、たぶん精霊がちょっかい出した作物に味を感じるんだろう。


 ここでも精霊と物質のハイブリッドがいいみたいな結果。


「最後、これは?」

出したのはチーズ入りオムレツ。庭で育った草を食べている牛の乳から作ったチーズ、同じく鶏の卵。


 牛は仔牛もいないのに乳を出す。家畜小屋は精霊が入り放題なのでこう……、島に連れてくる気満々だったのに、ちょっとできなくなった気配がする。


「美味しい……っ」

ちょっと愕然としている感じのアウロ。


「甘いもの苦手だったんだな、アウロ。協力ありがとう、今度から甘くないものも出しとくから」

甘くないものは普通に食えるようで、良かった、良かった。


「じゃ、俺は作業に戻る」

「お手伝いいたします」

珍しく嘘くさくない笑顔のアウロ。


 ん?


「いや、一人の方が気楽だし」

「私のことは便利な道具だと思って頂いて結構です。我が君の不利になるようなことはいたしませんし、先ほどの屋根の件も取り繕ってみせます」


 ん?


「何か悪いもんでも食べたか?」

なんか態度がおかしいんですけど。あと距離が近くないか? 今まで一メートル以上のソーシャルディスタンスだったよな? 


「たいそう美味しい料理を頂きました」

にこやかに言い放つアウロ。


 え? いや、ニンニク味のパンだけだぞ?

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