第521話 ただの真珠ということで。
「海中に物を落とした時に使う玉だそうだよ。もっとも私は海に行く機会はほとんどないし、この美しい虹彩を楽しむくらいだね!」
クリスが笑顔で言う。
確かに優しい虹彩が綺麗だ。一応ハンカチに載せてるんだけど、真珠ってどう扱うのが正しいんだろう? いや、真珠じゃないんだけど、なんか柔らかそうな印象の玉なんだよね。持った感じはちゃんと硬いんだけど。
「真珠にしちゃデカいが、海神セイカイがくれたってぇなら真珠なのかね?」
ディーンが首を傾げながら『潮涸珠』を覗き込む。
「一見、真珠に見えるけれど――もしかして海神セイカイの雫なのかしら?」
ハウロンがクリスの像をちらちら気にしつつも、『
大賢者、クリスの像を気にしてないで、その玉の正解にたどり着いて! あなたならできる!
カーン、カーンでもいい。精霊金と鎧の関係に気づいたその知識と勘で、ぜひ! あ、腕を組んで寝直してる。いや、寝てはないんだろうけど、目を閉じて難しい顔をしている。
このまま俺だけ『潮涸珠』の秘密を抱えているのもなんか嫌なんですよ。ハウロン頑張って!
「で? 本当はこれにどんな効果があるんだ?」
レッツェ、俺に聞いてくるのは反則……っ!
「クリスが言った通りの効果です」
目を合わせない俺。
「……で? どんな効果だ?」
「名前が『潮涸珠』だし、たぶん使うと海が割れるか引くかして海底が見える」
二度訊ねられて正直に答える俺。
「え! 落とし物が浮かび上がってくるんじゃないのかい!? 名前で効果がわかるとは、そんなに有名なものなのかい!?」
驚き慌てるクリス。
蹂躙されるほっぺた。
「お前は、気づいてたなら教えてやれ」
「教える暇もなくセイカイは海に帰ってったし、不可抗力です」
「『潮涸珠』って名前なのか。馴染みねぇなぁ」
ディーンが『潮涸珠』を指先でつつく。
「ちょ、やめなさい! 本当にそれが『潮涸珠』ならば、海を動かして百の軍船を破壊することもできるものよ!」
「いや、ここ海ねえだろ。こいつはカヌムではただのデカい真珠でいいじゃん」
血相変えて止めるハウロンにどこか呆れたように告げるディーン。
「そ、それもそうだね。大きな真珠だね!」
冷や汗をかいていたクリスが、ディーンの言葉にぱぁっと明るくなる。
「レッツェ、確かにこの『
クリスの言葉に餅みたいに伸ばされていた、ほっぺたが解放される。
クリスいいやつ、俺の代わりにほっぺたの刑を受けるなんて。って、あれ? クリスのほっぺたは伸ばさないの? 正直に名乗り出たから無罪放免?
「ヤバすぎて使うことも売ることもできねぇ。せっかく働いたのに、こっちも飾りにするしかねぇぞ?」
肩をすくめるレッツェ。
「眺めて冒険譚を思い出す酒の肴にするよ。本当に素晴らしかったからね!」
「クリスの話を聞いてると、羨ましく思えてくるわ。絶対酷い目に遭ってると思うのに」
前向きで明るいクリスと正反対なハウロン。
かりんとう饅頭と一緒に沈んでくれそうではある。千夜一夜物語じゃなくって、心中ものになっちゃいそうだからダメだな。いや、マントルに沈んでもかりんとう饅頭は無事なのか。
「今度、機会があったら誘うよ」
もうちょっと開放的なところに行く時に誘おう。
「……ついていったらアサス様とかエス様とかひどかったのを思い出したわ。ちょっと考えさせて……」
視線を彷徨わせ、席にすとんと座るハウロン。
急に正気に戻らないでください。
「知識欲、知識欲はどうした?」
頑張ってハウロン。
「まずはレッツェを今後どう誘うかよ。冒険者ギルドの指名依頼は止められてしまったし――」
「本当、俺を連れて行こうとするな。死ぬからやめろ」
恨みがましくレッツェを見て、渋面で返されてる。
「エスでもメールでも傷一つなかったじゃない」
「エスは周りじゅう俺を瞬殺できるようなのばっかりだったろうが!」
大賢者に頼られるレッツェ。さすが兄貴!
「――お前、何故セイカイより強大な精霊と契約してるんだ?」
暖炉の前に座ったカーンがいきなり聞いてくる。
なんでバレた!? あ、『王の枝』だったな。俺が契約した精霊が使えるとか言ってたし。
ダダ漏れ!?
「海神セイカイよりも強大な……?」
レッツェの説得をしていたハウロンが、動きを止めたかと思うと、ギギギギみたいなぎこちない動きで俺を見てきた。
おじいちゃん、今度関節にいいメニューを出すね。
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