第231話 写し身

「匂いがやばいな。ショウユだったか」

サザエのつぼ焼きに手をつけながらレッツェが言う。


 サザエのつぼ焼きは汁が出て来たら醤油をじゅっと。焼いていると熱で殻が割れて飛ぶので注意だ。


「俺はこっちだな」

ディノッソが食べているのは、一回サザエの身を取り出してくちばしと苦いところをとり、みじん切りにしたニンニクと一緒に殻に戻したもの。オリーブオイルをかけてバターも少々、こっちで馴染みがある味つけで焼いた。 


「勇者、何しに来たの?」

「アメデオのことを探してるって聞いたから、魔剣だと思うよ」


 ああ、そんなものもありましたね。クリスの答えにアメデオに売りつけた魔剣を思い出す。


「俺は下水の構造見に来たって聞いたな、城塞都市の高級住宅区で下水通してんだよ。名前は出てなかったけど、ジーンの考えた配管の図面買ってたってよ」

カヌムが最初だけど、下水ごとやってるから工事の規模のせいか、城塞都市あっちが話題で、広がってるんだよな。


 物資と人の移動は遅いけど、精霊を介して情報の伝達は早い。てか、日本人三人もいるんだから自分たちで作れるんじゃないのか? 何で作らないんだろ。勇者が作ったと伝わってくるのが、宝石やらドレスやらなんだが。


「問題は勇者がどうやって移動したかだな。聞こえて来た勇者の情報と、城塞都市への移動時間が合わねぇ」

レッツェの言う通り、それは気になる。


 俺の【転移】は地図に出ている範囲しか行けない。地図に出る場所は、俺の守護と契約精霊の活動範囲。魔法というより精霊がお願いを聞いてくれる感じ、勇者たちが精霊と仲良くなったとは思えない。


 だけど、同じ効果を精霊から引き出す魔法があるかもしれない。魔法は呪文やら何やらで精霊を縛って、精霊が望む望まないにかかわらず力を引き出す手順だ。


 あるいは、カーンの持ってた転送プレート。新しく作るのは無理かもしれないけど、古いものが残っていないとも限らない。


 後一つ、思いつく可能性は精霊の道。


「勇者はどんなのだった?」

「男の方だな。黒髪、黒目、体型は普通、ちょっと背はあるかな? 見かけは爽やかだったな」

ディーンがジョッキに口をつけながら、空を眺めて言葉を選ぶ。


「でも、印象は気持ち悪い。対応は柔らかだったけど、あれは人を物か何かだと思ってる――遠くから見ただけの意見だけどね」

クリスが後を継ぐ。


「目の下にホクロなかったか?」

焼きあがったホタテに追いバターと醤油をたらり。香りがやばい。


「あったな、こっちの目の下に二つ並んで」

自分の左目の下を指で触れるディーン。


「それ俺のチェンジリング」

「は?」

固まる面々。


「精霊に作られたチェンジリングなら、精霊の道を通ることができても驚かない」

というか、一瞬で移動できてしまう【転移】や転送は怖いので、ぜひ、ある程度時間のかかる精霊の道でお願いします。


「移動方法は置いといて、なんかお前と印象合わなくねぇ?」

硬直から解けた、ディノッソが困惑気味に言う。


「ジーン、君の自己評価はおかしくないかい?」

「おかしくないぞ」

俺の、姉の周りの人間は全部まとめて姉の手先だと思って行動してたし。高校に行って、学区の違う奴と校外で少し交流を持ったけど。


 俺が広く浅く、誰にも執着せずな人付き合いを多分喜んでいた。いや、喜ぶというより、俺が誰かに気を惹かれるととにかく潰す感じか。


「あっちにいる時は周囲の人間と仲良くしようなんて欠片も思ってなかったしな。姉のイメージからできてるならそんなもんだろ」


「見てくれもだいぶ違ってんぞ?」

「元の世界のものは全部捨てるか作り直しの二択だったぞ。俺が俺であればよかったし、あっちのものは全部捨てた」

容姿が変わっていれば、もし姉たちとすれ違っても気づかれないだろうし。


「お前、超絶素直な割に過去がひん曲がってるのは何なの?」

何だレッツェ、超絶素直って。


「自慢じゃないけどタチが悪いと思うぞ。何にしても勇者と呼ばれる四人とも、関わることはお勧めしない。海老、焼けたぞ」

暖炉から伊勢海老を網ごと取り出し、食卓へ。


 手袋をして尻尾をぐりっと。頭から離した尻尾の身の海老味噌がついてるところをがぶっと。ぷりぷりで鼻に抜ける甘さ。伊勢海老だろうが、マヨネーズもつけちゃうもんね。


「あー。面倒だし、アレとお前は別物ってことで対処するわ」

ディーンが考えることを放棄した! そしてやっぱり肉ばかり食う男。


「変われば変わるものなのだね。それとも君の周りの認識が歪んでたのかな?」

器用に殻を剥くクリス。頭の部分は足のとこを押しへこませて、殻を剥がしている。


 真似をしてぎゅっと押して、ベリっと殻を外す。なるほど、外しやすい。蟹はともかく、でかい海老の解体機会なんてほとんどなかったからね。


「――そろそろ赤ペアの実が生った頃だな。予定が合うなら取りに連れてってやる」

「おお? 行く、行く」

レッツェの言葉に飛びつく俺。


 ペアは洋梨、普通はあんまり真っ赤にならないんだけど、魔の森に真っ赤になるペアの木が生えているらしい。一回食べたことがあるんだが、美味しかった。


「あ、行くといえば迷宮行く気ねぇ? 手伝って欲しいんだけど」

ディーンが俺とディノッソを見て言う。


「ランク試験か?」

「ディーンも試験を受けられるようになったし、一緒に行こうかと思っているんだ。今回の勇者騒ぎで、迷宮に張り付いていたアメデオたちがようやく移動したからね」

ディノッソの言葉に答えるクリス。


 なんか金ランクには強さも求められて、銀の星が揃ったところで迷宮に突っ込んでくるのが昇格試験の一つらしい。

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