第74話 この方法しかまだ知らない

 コーヒーを片手に水盆を眺める。


 木の陰から飛び出して、腹を押さえて転がる男から距離を取る弓使い。黒い精霊は転がる男のほうに戻っている。


 一度入れ物からだを手に入れた精霊は、もう入れ物なしでは力を保てない。弓使いから弾かれた今、重症だが生きている男に戻っている。


 えーと、黒精霊ってどうやって倒すんだ? 俺、片っ端から契約しているのでよく考えたら他の対処方法を知らない。確か精霊武器でなら精霊を倒せるはずだが、人に憑いているのはどうするんだ? 


 ……。


 弓をキリキリと引き絞って男に照準を当てている。まさか入れ物おとこごと倒すとかそういう? 魔物に憑いていたら俺も倒すし、普通の武器でも倒せるからディーンたちでも倒すだろうけど。


 あれですか? 差し迫った命の危険を感じた黒精霊が、近くの魔物の中に逃げ込むとか、そういうのを狙って――撃ちやがった!


 人が死ぬところも殺されるところも初めてみた。この世界、人の命の値段が安いことも、暴力が日常にあることもすでに知っている。人の死がとても生活に近いところにある。


 それでも自分の心臓の鼓動が早くなっていてやばい、水盆を呆然と見続ける。


 早鐘のような自分の鼓動を心臓とこめかみあたりの血管に感じながら、冷静になろうと努める。


 精霊は普通、人には見えないし触れないが、入れ物に入っていれば別。入れ物を傷つければ、中の精霊も傷つく。


 入れ物のない精霊を倒すことは精霊武器で可能。あとは魔法をぶつけて消し去るとか。


 弓使い! お前、精霊武器持ってるだろうが! なんで黒精霊が出た時攻撃しなかった!? 


 なんて憤ってたら、物音を聞きつけてやってきたらしい男が、倒れている男に驚いて駆け寄る。


 駆けつけた男はどうやら知り合いらしい、一緒に討伐に参加した冒険者仲間か? 取りすがって大声で何か叫んでいる。


 倒れた男から、駆け寄った男に移る黒い精霊。目に見えて弱っているが、今度は弾かれることなく男の体に入っていった。


 弓使いは弓を下ろした。黒精霊が憑いた男は身振り手振りが大きく、興奮して何か話している。対する弓使いは訴えてくる男を真っ直ぐに見て、冷静に話している様子。


 ああ、精霊が見えていないのか。完全に乗っ取ってしまえば、魔物と同じく目の周りが黒くただれたようになるはずなのでわかるけれど、この半端な状態では精霊が見えないと判別は難しい。


 精霊を見ることができる能力も様々だ。なんとなく色のついた靄のように見える者、特定の属性の精霊だけ見る者、自分と関わりの深い精霊だけ見える者、ある程度力の強い精霊しか見えない者、その逆。


 初めて見たけれど、俺は人を乗っ取ろうとしている精霊が体の中に見える。ユキヒョウや魔物のことを考えると、完全に乗っ取ってしまったら見えなくなるんだろうけど。


 死んだ男の時は、黒精霊はほとんど男の体の中だったけれど、新しく憑いた状態では体が半分男の胸のあたりから出ている。


 金ランクの残りの二人のうち、どちらかは見えるのだろうか? ああでも、人の体内にいる精霊は難易度高そう……。というか、見えていたならば初めから隔離してるよな。今の半分出て半分潜っている状態はどうだろう?


 うーん。起きていること全てに責任を取ったり解決したりする気は無いけど、知ってしまって簡単に解決できることがわかっているこの状態。


 よし、変装しよう。


 用意する物、大きなフード付きローブ、カウボーイブーツのようにヒールの高いブーツ。以上。


「影の精霊と光の精霊だろうか? ちょっと俺の顔に落ちる影を濃くして、他から見えないようにしてくれるか?」

ローブを着込み、フードを目深にかぶって精霊に呼びかける。


 鏡の中の俺の鼻から上が、強い光でも当ててるかのように影が濃くなって判別がつかなくなる。――強い光を当ててるかのようにじゃなくって実際当てられてた。ちょっと調整。


 ブーツで底上げした状態でも地面につくローブの裾。よしよし、アッシュより四センチは背が高く見えるはず。いや、もういっそ浮きたい。


「俺を地面から十センチくらい持ち上げられるか?」


 ふわりと浮き上がる俺の体、それでいて安定している。言ってみるもんだな、ブーツ要らなくなった。


「あと、フードが落ちたり、裾から足が見えないように――フードにぶら下がる以外の方法で頼む」


 見た目的に愉快なことになってきたので再び調整。


 よし、これで黒いローブに身を包んだ背の高い男だ。総合評価が怪しい以外の何者でもない気がするが、気にしない。


 【転移】を使って、野営地のそばのひらけた場所に出る。気付かれないように近づけるかな? いや、気づかれてもいいか。


 野営の場所に近づくと騒ぎになっている。


「ちょっと失礼。忙しいところ申し訳ない」

「!?」

「誰だ!?」

「何者だ!」


 ここでジーンだって名乗ったって、アッシュたち以外わからないと思います。地位で名乗るなら、銅ランク冒険者です、か?


 それにしてもどいつもこいつも同じような色の服着やがって。ちょっとはクリスを見習え! ああでも見つけた。


「気にしないでくれ、この男の中身に用事だ」

探し当てた男、胸の辺りにある黒精霊の頭を掴んで引きずり出す。


 あれ、今俺男の胸の中にも指が入ったような……? 怪我してないみたいだし、まあいいか。気のせいだろう。


「黒き精霊!?」

俺に対して大剣を構えるプレイリードッグ。じゃない、金ランクの大男。


「取り憑かれていたの? でも様子がおかしかったのは、この男の方……」

ローブの女性が見た足元には、弓使いに倒された男。


 あ、生きてる。


「【治癒】」


「う……っ」

ついで回復したら、男が気がついたようだ。


「何!?」

今度は足元の男を見て驚く周囲。


「あの状態から回復を……? いったい何者なのですか? それにその精霊たちは――」

驚きを通り越して怒号のようなものが飛び交う中、聞いてくるローブの女性は金ランクの美人さん。


 ああ、やっぱり見えるのか。いつもは俺の移動先にいたならともかく一定以上寄ってこないよう頼んでいたのだが、今日は手伝いを頼んだので精霊の自由にさせている。


 結果わらわらついてきてるね! ローブを整える手伝いの精霊はローブの中に隠れてるんだけどね!


「どこで拾ったのか知らないが、最初に連れていたのはその男。気をつけるのだな」

場のドン引きの気配を感じつつ、そう言って【転移】で退散。


 アッシュたちの視線がなんか痛かったけど、声も音の精霊に少し低くしてもらってたし大丈夫! バレてないはず!


 あ、黒精霊鷲掴んだままだった。


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