第75話 人手不足を補う計画

 とりあえず捕まえてきた黒精霊と契約して、森のもっと奥に放してきた。今までで一番でかい、いや一番でかいの馬か。でも馬は黒くなりつつも自制心が残ってたからな。


 どっちにしても力づくだったけど。


 黒精霊は同じ精霊を喰らう、普通の精霊も黒精霊同士でも。欠けた体を補うためか、欠けた場所から抜ける力を補うためか。どっちにしても欠けた場所を喰らったもので補っても痛みは続いて、それを消すために喰い続けることになるらしい。


 馬曰く、契約するか、入れ物を手に入れれば力が抜けるのは収まる。もっと力を手に入れたいという渇望は続くらしいが、契約の方は痛みも収まるので理性で抑えることができる程度になるらしい。

 

 で、怪我がひどい黒精霊の中には自我を失くしたもの、自我を失っても痛みから逃れたいものもいるそうで、黒精霊同士の喰らい合いは自由にさせている。さすがに俺の契約した同士は止めてるけど。


 手伝ってくれた精霊に礼を言い、魔力を少々持って行ってもらう。楽な服に着替えてもう一度水盤を覗き込む。


 何か瀕死だった男と精霊をひっぺがした男の二人と金ランクの三人が向かい合い、その周りを他の面々が取り囲んでいる。


 男二人は何故か上半身裸といういらんサービス付き。あ、瀕死男が弓使いに向かって土下座っぽいこと始めた。


 殺されかけてるし、むしろ謝られるほうじゃ……。様子がおかしかったと言っていたし、アッシュたちも固まって行動してたし何かやらかした後か。よく考えたら黒精霊に憑かれていたとはいえ、弓使いに斬りかかってたし。


 帰ってきたらどうなったか聞こう。「討伐どうだった?」って聞けば精霊憑き騒動の話になるだろうから、そうしたら「その精霊はどこで憑けて来たんだ? こわいな」とか言って自然な感じで。


 馬は姉のいる国に様子を見に行って憑けて来たらしいからな。カヌムと姉のいるところの真ん中は小国が統一されたりばらけたりと年がら年中戦争をしているんで、行き来は難しいと思ってたんだけど、冒険者が行き来してるとなるとちょっと用心したいし。


 あとは精霊を弾くのとそうでないのとの条件か。これはルゥーディルの用意してくれた本に載ってるかな? 討伐隊が帰ってくる前に手に入るはずなので、読んでから考えよう。


 さて、本日は蕎麦! 挽きたて、打ちたて、ゆでたてで。蕎麦は【収納】にすでに用意してあるので、天ぷらを揚げる。


 温かい蕎麦より冷たい蕎麦の方が好きなので、天ぷらは別に食べる。蕎麦に乗せるなら汁を吸った時に美味しいよう、衣を変えるんだけど。


 エビの殻を剥いて、揚げた時に丸まらないように腹側の縦と横の筋が交差する場所に斜めに浅く包丁をいれて、最後に上から押さえて伸ばす。打ち粉を薄く全体につけてから衣液に浸して揚げる。ほとんどの魚介類は打ち粉がいる。


 たっぷりの油でじゅっとね! 油をケチると食材を入れた時に温度が下がってなかなか戻らず、水分が飛ばないためだ。泡の出が穏やかになったらエビを斜めにして尻尾だけつけて数秒、油ぎれと尻尾をカラッとさせる。


 次々揚げて準備完了。


 別に揚げた香ばしいエビの頭をパリッとやって、蕎麦をたぐる。薬味は山葵わさびをつゆには溶かず、ちょんと蕎麦に乗せて。


 そら豆の天ぷら、でかいホタテの貝柱は中は半レアで。肉厚の椎茸はすだちと塩、ウニの大葉巻きは天つゆ。


 小さめに作ったかき揚げは崩して蕎麦つゆにつけて蕎麦と一緒に。醤油漬けにした卵黄の天ぷらはとろっと半熟。


 一人天ぷら大会開催中。ああ、やっぱり家と【食料庫】【全料理】が正解、これがあればどの世界でもやっていける気がする。


 あと一年で元の世界の酒も飲めるし、楽しみだ。日本酒は料理酒をやめて普通の美味しいと聞いたことがあるもの数種、ワインも同様。洋酒も菓子に使うので結構ある。ビールも一応おいしいけどお高いというやつを一種。


 せっかくだから自分でも作ろうかな。水は美味しいのがあるわけだし、とりあえず葡萄を作るか。さすがにワイン用の葡萄は【食料庫】にない、あるのはそのまま食べる甘くてでかいやつだ。


 斜面に葡萄畑を作ろう。今なら大地と実りの精霊パルと、水と癒しの精霊イシュが手を貸してくれる。


 そういえば、いいかげん葡萄棚の枝の皮も剥がさないと。ああでも庭には病害虫は入ってこられないからしなくても平気かな? 粗皮剥きは皮の下に菌や害虫が入り込まないようにするための作業だ。その後、葡萄棚が綺麗に整うよう枝を誘引する。


 森の家も進めたいし、けっこうやることがある。畑の手入れも毎日は無理だなこれ、手伝いはいないし。パルたちの手伝いって物理的なやつじゃないよな? 


 あ、でも精霊に手伝って貰えばいいのか。精霊は基本、物は透過して触れない。たとえ触れても、対象に変化――触られているという感覚もふくめて――は起こせない。


 変化を起こすには力を使う。日常的に草取りなんかやらせてたら力を使い果たして消えてしまう。驚いて一瞬力を放出してやらかすとか、そもそもいたずらのために力を使うこともあるけど。


 ただ目に見えないところで緩やかに影響を与えるのは得意だ。ひとところにとどまっているだけでいい。例えば意思のないような細かいやつであっても、火属性の精霊がそばにいれば火がつきやすい。


 因みに意思がある精霊が動き回って流れ出す力というのが、一番細かい精霊だったりする。属性の粒が集まったのが精霊っぽい? よくわからないけど。


 とりあえず精霊に草取りができないのなら、植えてあるもの以外の成長を抑えて、最初から草が生えにくいようにして貰えばいいのだ。


 よし、その方向でいこう。




 

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