第306話 枝の心配をする
精霊の枝が小麦ってことは王の枝はどんな枝なんだろう? いやでもハニワからエクス棒の姿は想像できないな。性格はともかく。
む、動いた。
……枝って動くの?
そう思ったら、サービスなのか麦の穂が魚のようにびちびちと身をくねらせてくる。金属っぽいのに思いの外滑らかな動き。
……動くのか。ハニワを思い浮かべる俺。
「え、枝が動いた……っ!」
案内兼監視役の職員Aが小さく叫んで、ちょっとの間固まっていたが、いきなりバタバタと部屋から走り出ていった。
『わし、古いから動けるけど普通は動かないよ』
麦の穂に突然話しかけられる。
『動かないの?』
『動かないなー。動くの大変じゃもん。にいちゃんは精霊語が堪能だね? わし、久しぶりに精霊以外と喋ったわ』
誰もいなくなった部屋で、麦の穂と話す。話すと言っても心の中でなので、傍目には黙って精霊の枝に見とれているように見えるだろう。
『人の言葉は覚えてない?』
『覚えとるけど使うのは嫌じゃの。だって喋ったら知らない人も色々聞いてくるんじゃもん』
『ああ、それは面倒そうだな。本当に色々聞いてきそうだし』
御神体扱いじゃ、相談やら願い事やらたっぷりされそうだ。
『ときどき来てよ。十年に
『ときどきで十年か、気が長いな』
『わし、長生きなのよ。金貨と人間の欲がなくならない限り、三分の一は誓いが守られるかんじ。微妙な存在感なの、わし』
『麦の穂の形してるのに、ここ地面さえないもんな』
『そうなのよ。だから普段は寝てるの、わし』
『うちの島にも精霊の枝を置いたけど、遊びに来る訳にはいかないだろうしなあ』
『頑張って動いてもこの決められた土地からは出られないの、わし』
主人たる王が持ち運ばない限り、王の枝も国の外には出られない。精霊の枝も王か、王が直接手渡した者しか移動できないそうだ。他の者が持っても、大地に繋がってるんじゃないかと錯覚するほど微動だにしないらしい。
リシュがエクス棒を咥えて運べる範囲は、家のある山の中か森の聖域だな。島もいけるかな? なんかエクス棒なら一人でフラフラしそうというか、その前に国を守るという設定してなかった。
範囲を指定してしまうのは盗難防止にはいいんだろうけど、枝としては退屈だろう。麦の穂は気が長いらしいが。
「精霊の枝が動いた!? 十年ぶり、何があったというのです!」
「特に何も。十年前も何もなかったと伺いますので十年に一遍動くのかも知れません!」
ばたばたと人の来る気配。
『うるさいのが来たの』
『苦手?』
『十年前にちょっと動いたら、ここに来ては見たいって言ってしばらく泣いてたの。仕事がないと日がな一日いるのよ、あれ』
『愛されてるなあ』
『愛が重いのよ、あれ』
話しているうちに声が近くなり、三人が入ってくる。
「参拝客!? そなた、精霊の枝の間に人を入れた状態で目を離したのですか!」
きりりとした妙齢の女性が俺を放って駆け出していった職員Aを叱る。どうやら若いけど、上司っぽい。
アッシュの友達でお家乗っ取りしたリリスとソレイユを足して二で割った感じの印象。美人の類だが意志の強そうな目、引き結んだ口。でも柔らかな巻き毛で同じく柔らかそうな丸い――ごほごほ。外見はソレイユよりで、リリスほど騎士っぽくはない。
「あ、お構いなく。お陰様で美しい枝を堪能できました」
「もちろん、麦の穂様は殊の外美しい!」
もちろん? ちょっと文脈がずれてるような? 麦の穂様?
「麦の穂様、無体はなされませんでしたか?」
「どんな無体だ」
思わず突っ込む俺。
「撫で回したり、舐め回したり、ぶっ……もがっ」
「アスモミイ様……。失礼しました、ときどき持ち出そうとしたり悪戯書きをしようとする輩がおりますので」
「もが! もが!」
案内役の職員Aがアスモミイ様とやらの口を抑えて、にこやかに俺に笑いかける。
『愛が重いのよ、あれ』
『……逃げ出したい時は協力する』
思わず麦の穂に約束する俺。
他の精霊の枝がどういう状態で管理されてるのか、どんな人が管理してるのかの参考にしたいとこだったんだけど、困る。
「アスモミイ殿、落ち着かれよ。麦の枝はなんら変わらぬようだ」
一番最後に入ってきた老人が言う。枝の呼び方混じってるぞ。
軍人さんっぽいというか、白髪だし顔には深いシワがあるけど、背筋が伸びてきびきびしている。でもどこか優雅、声はよく通るが大きいと言うわけではない。講演とか説法に慣れてそうなイメージ。この『精霊の枝』の責任者かな?
「……疑って失礼しました。ですが、この麦の穂様は唯一無二。ご理解いただきたい」
落ち着きを取り戻したアスモミイが職員Aに離され、俺に謝ってくる。
『三本あるけどね、わし』
麦の穂がしれっとしてる。
『なんか見ちゃいけないものを見せられそうだから、帰るな。また近い内に来るよ』
参拝料高かったから、ソレイユに金をせびろう。預けたままになってる売り上げの回収とも言う。
「では俺はこれで。――勝手に出ていいのかな?」
ここはあちこち金ピカだから、どう考えても一人歩きはできない。
「ご案内いたします」
職員Aが申し出てくる。
「で、麦の穂様はどうやって、どのように動いたのですか!?」
だがしかし、さっきからアスモミイが職員Aの肘のあたりを拘束していてですね……。
「私も客分だが、よろしければ出口までご案内しましょう」
老人が申し出てくる。
トップだと思ったら客だった。え? まさかここのトップって……。
『これよ、このあれが責任者なの』
『うわぁ。頑張って……』
「ヘインズ様のお手を煩わせるわけには――」
「やはり動いても優雅なのですか?! どうなのです!?」
職員Aがこっちをチラチラ気にしているが、構わず麦の穂の前に引っ張っていこうとするアスモミイ。老人の名前はヘインズと判明。
「構わぬ、アスモミイ殿は止まるまい」
「ご歓談中をお邪魔した挙句、申し訳もありません。よろしくお願いいたします」
職員Aが半泣きで頭を下げている。
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