第547話 スイカ

 ナルアディードでの商談に立ちあった夜、『家』でリシュをなでながらカーンの国に植えてもらうものを考えている。


 明日、こんなのですよーと、ハウロンとカーンに食べてもらう予定。


 リシュの毛はぽわぽわして触り心地がいい。ごろんとお腹を見せて、くねくねして、時々甘噛みにもならない空噛みみたいなのを、はくはくしてくる。はくはくのお顔は笑ってるように見えて可愛い。うちの子最高。


 稲は決定。なんかこう、雪解け水で美味しくなるイメージがあるけど、エスでは作られているものなので環境的には心配無用。あーでも、『食糧庫』の中のものよりにしすぎるとダメかな?


 カーンの国は麦と米と豆を主食にする計画で動いているそうだ。中原からの移住者と、エスからの移住者が混じるし、他も混じるから、食文化は多彩になりそう。


 植えてもらうのはマンゴーとパパイヤとバナナ、あとはデーツとか? いや、デーツは普通にあるな? おっと忘れちゃいけないスイカ、スイカ。同じ南国イメージでも俺の中に砂漠でパイナップルはないな? 


 こっちに来てから一度読んだり見たりしたことがあったものについては、【生産の才能】のおかげか、【全料理】のおかげか、はたまた【鑑定】のおかげか思い出せるんだけど。【全料理】に至っては、絶対知らないことも思い浮かぶしね。


 でも最初に浮かぶイメージはとても貧弱。だから一応、浮かんでくる知識の方でも検証しますよっと。


 結果、パイナップル以外はカーンの国で全部育つ。パイナップルは気温をクリアしても、生育には湿度が足らないようだ。


 パパイヤはビタミンCの補給源として優秀っぽい。ついでに椎間板ヘルニアの治療薬としてぶちゅっと注射する国もあるようだ。――昔見かけて驚いて、そして忘れていた知識に再び驚く俺。


 ……青パパイヤを千切りにしてサラダ作りたいし、ビタミンCが摂れるしパパイヤは採用。腰痛はとりあえず置いとくけど、精霊がいるとそのイメージで治ったりするんだろうか。ファンタジーすぎない?


 と、いうわけでとりあえず確認。


 怖い思いをして採ってきたバナナは種があった。今、山の中でも暖かいところで頑張って増やしている。塊茎かいけいから出た新しい芽を植えて増やす方が確実っぽいけど、まあ、うちは精霊頼みです。


 で、『食糧庫』のバナナは種がなくてですね……。仕方がないのでこっちのバナナをせっせと育てて、その中で甘いバナナを採用して育てて――精霊のおかげでアホみたいに生育が早くって、しかも思い通りの味が出やすいとはいえ、バナナが草で、育つサイクルが早くて助かったかんじ。


 そういうわけで、まだバナナは改良中。パパイヤは一つで種がいっぱい取れるから無問題、木だから育つのにちょっとかかるけど。スイカは種があるし、生育は早いし問題なし!


 そしてマンゴー。『食糧庫』のマンゴーは大きいし、甘いので一度に食べるのは一個が精一杯。おいしいけど、たくさんは食べられない。でもせっせとドライマンゴーを作ったりして、種を集めた。こっちの世界のものとの交配も済ませてある。


 『食糧庫』のものは、そのままではこの山以外では育たないからね。


 この中のいくつかは、島の畑でも育ててる。でも俺の山も島も面積が限られるんで、あくまで島の一部で楽しむ程度。なのでカーンの国に期待。


 そういうわけで、カヌムの借家。


 テーブルの上にはずんぐりしたバナナ、熟れたパパイヤ、マンゴー、スイカ。そしていくつかの料理が並ぶ。


 それを囲んでいるのはカーン、ハウロンに加えて、食べる要員ディノッソとディーン、クリス。監督者にレッツェ。


「いや、俺を呼ばれてもな? エスより南の気候に何が合うかなんてわかんねぇぞ? 一回行ったことがあるったって、エスの流れで地形も気候も変わってんだろ?」

困ったように言うレッツェ。


「いいの。アナタはいてくれるだけでいいの。――米とスイカは知ってるわ、アタシの知ってるスイカは白っぽくてもっと楕円だけれど」

ハウロンはレッツェを心の支えにしずぎではないでしょうか?


「マンゴーはジーンがくれたことがある携帯保存食だね!」

クリスが言う。


「そう、生でも美味しいよ。こっちのバナナはまだ改良中、蒸したり焼いたりするといいかな?」

まだバナナは生食して美味しい! とは感じられない。


「ジーンが出してくるケーキとかに入ってるのが最終形態か」

ずんぐりしたバナナを持ち上げて、ディノッソが言う。


「うん」

ディノッソ一家にはバナナのパウンドケーキとか、チョコがけバナナとか、差し入れしてるのでなじみがあるようだ。シヴァが好きなんだよね、バナナ。


「とりあえず食っていい?」

ディーン。


「はいはい」

返事をして肉とマッシュルームのパエリアを盛り分ける。


「は〜肉うめぇ!」

「肉は候補じゃないわよ。ああでも美味しいわね」

美味しそうに頬張るディーンに、ハウロンがつっこみつつパエリアに手を付ける。


 ディーンが食べてるとなんでも美味しそうに見えるんで、俺もつられてパエリアに手を付ける。パラパラと口の中でほどける肉の旨みを吸った米が美味しい。


「これは食感が面白いね。豚と――これがパパイヤだね?」

クリスが食べているのは青パパイヤの炒め物。多分、青パパイヤはサラダで出したことがあるはず?


「日常の飯になるようなもんならいいんじゃないか? マンゴーも保存食になるだろうし、それなら輸出もできる。人気になるんじゃねぇ?」

こちらもパパイヤの炒め物を食べながらレッツェが言う。


「そうねぇ。アサス様とエス様のおかげで、農作物の豊穣は約束されているから、そっち方面で輸出は考えてはいたけれど、マンゴーは単価が良さそうね。生はとろけるような甘さだし」

ご機嫌なハウロン。


「体制が整うまでは、麦と米。その後、少しずつだな。他の国が手出ししてくると、まだ面倒だ」

カーン。


「勝てない?」

「こちらには嵐と戦を司る神もおられる。ただ、人の力で勝つのでなければ、悪目立ちが、な」

淡々とカーンが言う。


「膨大な砂が分かれて、古代の都市が現れ、悠久たるエス川が流れを変えた。話を聞くだけで美しい光景だね!」

感極まったようなクリス。


 砂に埋もれたカーンの国の街が現れた、あれは確かに大迫力だった。あの勢いでエスやわんわんが暴れて、ついでに砂漠の精霊ベイリスが怒ったら大変そうだ。


「このスイカ、赤いところがほとんどだし、甘いわね」

ハウロンが三角に切られたスイカを食べて言う。こっちのスイカは切った中身のほとんどが白いところで埋まってる。瓜に近いのかな?


 そしてあんまり芳しくない顔。


「甘くちゃダメなのか?」

なんでスイカだけ? 他は甘くても喜んでたよね?


「スイカは砂漠の旅人が持つ、水筒のようなものよ。水よりも長く傷まずに持ち歩けるし、重宝されているの。旅に出なくてもエス川の水は土地を富ませるけれど、そのまま飲料とするには向かないし」

「ああ、水代わりに飲むなら甘さは邪魔か」

健康的にも。


 ところ変われば、優先順位が違うんだな。

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