第546話 裏と表の人々

「一応言っておくけど、ファラミアは黒精霊とは関係ないぞ」

もう裏の世界の呼び名みたいなもんなんだろうけど。


 【転移】で出たのはカヌムの俺の家、ハウロンも執事も喋り足りない感じだったので、扉を大きく開いて光を入れ、コーヒー用の湯を沸かしているところ。


 執事がかりかりとコーヒーミルを回している。ミルとかサイフォンとか形がいいよね、そして執事がやってると絵になる。


「分かってるわ、直接会ったんだもの」

テーブルに頬杖をついてるハウロン。


「会えば分かるんだ?」

そんなに簡単に分かるなら、ファラミアの苦労はいったい?


「そばにいても、アタシの精霊たちが普通だもの」

何でもないことのように言うハウロン。


「なるほど?」

そういえば黒精霊って精霊食うから、そばにいたらなんかアクションがあってもおかしくないよね。


 思い返してみても、ファラミアの周りでも島の精霊は普通だった。


「そんなにすぐ分かるのに、何で怖がられてるんだろ」

チェンジリング同士は、かえって精霊の気配に疎いからちょっとしょうがないのかな?


「精霊の感情が読み取れるほどの方は少ないかと」

「そりゃ、暗殺者ですもの。怖いでしょ」


 ……。


 そういえばそうでした。黒の忌み子云々の前に、ファラミアどころかアウロもキールも、少し裏の世界に片足突っ込んだ方々には怖がられるんでした。主に後ろ暗い依頼する方々とか、依頼される側でも並な方々に。


「紹介した私が言うのもなんですが、まさか双子がひとところに落ち着くとは思いませなんだ。もって2ヶ月かと」

執事が沸いた湯を少し冷まし、コーヒーを淹れる。


 コーヒーは味も好きだが、匂いも好きだ。執事の淹れるコーヒーはレッツェほどではないけど、深煎り。それでアッシュにはミルクというか牛乳を添える。


 さて、コーヒーに合うお菓子はなにがあるかな。浅めで酸味があるコーヒーには、軽めのお菓子。深煎りで苦味が強いコーヒーには重めのお菓子。


「何でまた物騒なのを紹介したの? 妖精の道でも狙ったのかしら?」

頬杖をついたままハウロンが執事を見る。


「私と同業で心当たりがあったら、と申しつかりました。交渉ごとと職人の管理、パスツールとも関わりがありそうでございましたし、ジーン様の商売は山のこちら側でだと思っておりましたので、少々予定が狂いました。少し、下心があったのは否定致しませんが」


 香りのいいコーヒーが出される。


 あー。執事、アウロとキールが妖精の道――精霊の道を使ってナルアディードと行き来できるの知ってたんだ? 出入り口までは知らない感じ? 紹介を受けた時期って、まだアッシュが狙われてたころだし、逃げ道としてはいいよね。


「こっちは小競り合いばかりだものね。カヌムとパスツールの間を行き来するのを想定すると、確かに普通の人じゃ無理ね。ジーン相手だし」

肩をすくめるハウロン。


「俺相手って?」

バタークッキーを配る俺。クッキーというよりショートブレッド? さくっとするけど、バターたっぷりでしっとりもしてるかんじのヤツ。


「ごくごく普通の人じゃ、ついてくの難しいでしょ」

「島の仕事、ナルアディード周辺から移動範囲広くないぞ?」

最近タリアに飛び地ができたけど。


「ソレイユ様とはどのような出会いだったのでございますか?」

執事が聞いてくる。


「脱いでました」

インパクト大です。


「……」

「……もう少し分かるようにお願い」

黙り込んだ執事の代わりにハウロンが聞いてくる。


「なんか、勤めてた商会のバカ息子から逃げてたタイミングだったみたい? 商会の方はけりをつけたらしいんだけど、身一つでとりあえず泳いで島に逃げ込もうとしたようです?」


 商会を潰して、ついでにそのバカ息子が商人のままナルアディードに留まることはできない状態まではもってったらしい。ただ、バカ息子が実際どうにかなるまでの間、身を隠す先としてキールがいる島を選んだ感じ。


「あのお嬢さんが……」

「なかなかない出会いでございますな」

ハウロンと執事が嘆息する。


「アッシュとは刺された怪我がある状態で、観光案内されたのが出会いだけど」

「……」

「……」

ハウロンが執事を見る。


 執事は目を合わせず微笑んでいる!


「……高名なアノマの元神官長がいるという話も聞くけど」

ハウロンが執事から視線を外してこちらを向く。


「そっちはナルアディードの神殿にいるところを見つけて、普通にスカウトした」


 最初は従者のオルランド君がメインだったけど、今では出会いに感謝している。穏やかで、チェンジリングたちの奇行にも動揺せず、懐の広いおじいちゃん。


「スカウトしてすぐ乗ってくるようなら、城塞都市アノマからナルアディードまで、長旅はしないと思うけれど……」

「裏では名の知れた暗殺者集団を取り込み、表では高名な元神官長とソードマスターを、なかなか稀有な島ですな」

ソーサーごとカップを持つのが絵になる執事。


「ソードマスターは一応、ソレイユたちが箔付に呼んだのかな? 確か」

なんでうちに就職したのかわからないけど。いきなり性格がぶつぶつ系から体育会系になってたし。


「こうして漏れ聞いた話の確認を取るだけでもあれなのに、青の精霊島に実際いったらどうなってしまうのかしら?」


 ため息をつきたそうな顔でバタークッキーを齧るハウロン。


 どうもなりませんよ! 普通に住人もいるし!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る