第274話 前科者

 魔物が現れた。ディノッソが一撃で倒した。

 魔物が現れた。カーンが一撃で倒した。

 魔物が現れた。ディーンの二回斬り! 間に執事の手抜きのフェイント! クリスの突き! アッシュの袈裟懸け! ジーンは出番がない!


 四十層に来たら、下の層から魔物が移動してきたのか、湧いたのか、道中三匹ほどの魔物に行き当たった。でも俺はちょっと暇。


「レッツェも参加すればいいのに」

同じく暇な――何故か俺と違って暇そうに見えない――レッツェに話しかける。


「邪魔だろ。それに金ランクになるつもりもない」

ひらひらと手をさせて興味がなさそう。


 副ギルド長から急遽受けた依頼で、ディーンとクリスの金ランクはほぼ確定なのだが、当初の条件もクリアしておこう、みたいな何か。アッシュも経験と、評価のため参入している。


 ディノッソとカーンって強かったんだな、と思いつつ俺は見学。ランクアップは面倒なんで絶対しない。


「ディーンも人並外れた膂力だと思ってたが、ディノッソとカーンは軽くそれを超えてるな。ディノッソは雑に斬ってるように見えて、弱いところを確実に狙ってるし」


 レッツェが感心しているが、俺には猩々しょうじょうの体にコウモリの頭が二つくっついてるみたいな魔物の弱点がそもそもわからん!

 カーンはなんか、斬る対象の形状なんか斟酌してない感じ。どっちもどこか面倒くさそうな雰囲気だったことは覚えている。


 二十七層には人の姿が見当たらず、四十層に降りたところに白い小石が一つ転がっていた。少なくともこの階層に足を踏み入れたことは確かで、件のパーティーとすれ違ってしまったかという不安は払拭されている。


 便利だな、白い小石。石はだいたいどこにでもあるけど、この迷宮や森では白というのはあまりない。白い石ばかりのところでは黒い石とか使うのかな? 碁石を作るべき? あ、でも白い碁石は貝殻か。ん? 半化石だから石? 


「何、難しい顔をしてるんだ?」

「石って何かを考えてる」

レッツェが無言で左のほっぺたを引っ張ってきた。ひどい。実はあんまり痛くないけど。


「てっきり、お二人のうちどちらが強いのか考えておられたのかと……」

執事が柔らかい笑みを浮かべて言う。


「俺は、お前が先行したパーティーが無事か、心配してるのかと思った」

レッツェが呆れた眼差しを向けてくる。

「ディノッソたちが急いでないし、無事だろ」

執事の精霊がいないし。


「何だ、その謎の信頼は」

ディノッソがちょっと嫌そうな顔を作ってみせる。


「最初は見込みが甘い冒険者の自業自得ってことかと思ってたけど、お守りさんのピンチ知ってもそのままだったから」

俺がそう言うと、ディノッソが足を止めて、まじまじと俺の顔を見てくる。


「何でそうなる?」

「だって、もっと急いでもこっちの面子の命に関わるようなことは無さそうなのに、それをしないし。何より坑道で黙って下に行った前科があるじゃん」


 あと、隠しているとはいえ、これだけ狭いとこも広いとこも通って来たのに、執事の精霊の姿を一度も見てないから先行してるのかな、とか。純粋に隠れるのが上手くて視界に入らないだけかもしれないが。


 なんで無事なのかはわからないけど、多分無事だろう。根拠はディノッソの前科!


「……はぁ。何でお前、そういうとこは鋭いんだ。あと前科とか言うな」

大きなため息をつくディノッソ。微妙に視線をそらす執事。


 黙って置いてったの、根に持ってるからな!


「すぐ助けると学習しないとか、そんなの?」

「それもあるが、お前が後先考えずに、ほいほい人助けしないように!」

今度はディノッソが右のほっぺをむにっと。俺の頬の人権……っ!


 まあ、途中で会った憑かれていない冒険者と話したことで、もうちょっとは考えろよ……っ! ってなったのは確かだけど。あのまま痛い目を見ずに行ったとして、多分同じことを繰り返す。その度に助けるって、賽の河原っぽくって喜びも達成感も全く無さそう。


「話をちょっと聞いただけで、知らない人を助けに行くほどお人好しじゃないぞ?」


 人非人みたいだから言わないけど、目の前でとか、依頼でとかじゃなければ助けに行く気はない。周囲の思惑はまるっと無視することに決めてるし、俺の人嫌いを甘く見てる。あ、でもお守りの人は助けたいです。


「……」


 ちょっ! 左右からっ!


「優しいし、お人好しだ。黒精霊を痛みから助ける者などいない。私はジーンが、権力者や感謝を知らぬ者から利用されるのは嫌だ」

ディノッソとレッツェから引っ張られたほっぺたをさすっていたら、アッシュが言う。


「順番を間違えたね、王狼! まずはジーンにお人好しなことを自覚させないと!」

クリスの弾んだ声。クリスの声音は明るい、そしていい声。芝居掛かった物言いが鬱陶しくないのは、声がいいせいもあるだろう。


 俺の言った坑道のこととか、ディノッソをからかう面々。俺のほっぺた分、いじられるがいい!



「音が聞こえる」

ディノッソいじりが下火になってきた頃、カーンが言った。


「耳がいいな」

レッツェが言って、壁に耳をつける。


「人の声?」

俺もちゃんと集中すれば、結構遠くの声も聞こえる。


「どうやら、ようやく探し人に会えるらしい」

剣を鞘ごと地面につけて、耳をつけてたディノッソ。

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