第552話 装丁師

「まあ、飯でも食って落ち着いて」


 そう言ってワイン、焼きたてのパンを出す。次いでパンプキンスープ、オレンジのサラダ。メインは鴨肉のローストにマッシュポテトと赤チコリの焼いたのを添えた。


 赤チコリも島で育ててる。チコリ、赤チコリ、キャベツ、レタスやサニーレタスも順調。


 白菜は失敗して爆発したのかと思うほど開いた。きゅっと丸まらなくって、なんか地面に張り付いた巨大な葉ボタンみたいな状態でぺたんと。レタスとかは綺麗に巻かなくってもそんなにインパクトないんだけど、白菜が開いてると結構インパクトあるね。


「落ち着けないわよ。今回の事例は、全ての契約が疑わしいってことになるのよ? このことが広まれば、契約という契約の信用が怪しくなるってことよ?」

俺の出したワインを乱暴に飲んで言う。


「まだ広まってないんだ?」

「たまたまアタシが精霊の監視をつけてたところで起こったのよ」

先程までの勢いを少し納め、とん、とワインのグラスを机に置くハウロン。


 あれですね、ディノッソたちのために監視してたんだ?


「監視の精霊はなんて?」

「特に何も」


 ありがとう精霊さん。


「元々契約した内容とは少し外れることだし、騒ぎがあってから原因の情報を拾うように契約しなおしたことだしね」

ため息をひとつ。


 ワインを飲んで食欲を刺激されたのか、ハウロンがスプーンを手に取り、スープを飲み始める。俺も同じ料理を出して、サラダをつつく。


「頼んでた精霊に、何があったか聞けばいいんじゃ?」

「普通はそんなに便利じゃないの。ついでに普通は精霊と流暢に話せないの」


 ジト目を向けられました。すみません、俺ができることはハウロンにもできるような気がしてました。


「強い精霊による干渉で契約が破棄された場合は、媒体――この場合契約書が燃えるなり破損するなりするから分かるけど、今回のように媒体が無事なのに書き変わってるって怖いわよ?」


「ああ、ぱっと見わからないんじゃ、チェックするのに全部読まなきゃいけないのか……」

「ええ。神殿や王宮には、毎日本の状態をチェックする役目の人がいるくらいなんだけれど、さすがに中身までは読まないわね」


「ちょっとした図書室がありそう」

「実際あるわよ。小さな商人や冒険者ギルドは別だけれど、貴族や大商人の契約は量も多い上、期間が長いことが多いもの」


 小さな商人のほうは知らないけど、冒険者ギルドは精霊がいたずらを始める時期よりも、契約期間が短いことが多い。


 だから綴らずに一枚ずつ引き出しに入れる方式。引き出しというか、棚に板がたくさんあって、板ごと引き出すやつとか、深い引き出しに縦にしまって、仕切り板があるようなのが多い。契約した依頼に失敗して、燃えたりする確率が高いから。


 国や大商人の契約は確かに年単位とか多そうだし、そうすると片っ端から本にするしかないのか。大変だ。


「落ち着いてるけど、アナタの契約も無効になるかもしれないのよ? 明日にはアタシがアナタの秘密を権力者相手に話し始めたり」

そのまま目を細めて見られる。


「元々契約書にそこまで期待してない。俺が来た世界、契約書って法的拘束力はあるけど、魔法の拘束はなかったし」

「法律なんて国ごとに違うじゃない。気分次第でコロコロ変わるし」

目を丸くするハウロン。


 驚かれたけどまあしょうがない、こっちの世界って大きな国でもいきなり変な法律できたりするし。小さなところは領主次第だし、当然国ごとに法律違うし、気軽に国境は越えられない。実は領地に入っただけで捕まるところ多いし。


 そんな中、精霊の関わる契約は法律も他のこともまるっと無視して絶対。日本は法律の中に、契約書の記載よりも優先されるものがある。


「あ。忘れてたけどハウロンとの契約書も破棄しとく。あれ俺の方からは破棄できるよね?」

「契約はそのままでいいわ。シュルムはともかく、うっかり勇者と対峙しちゃうかもしれないし、少なくとも国に引っ込んでいられるようになるまではね」

ウィンクひとつ。


「ハウロンは契約書ってどうしてるんだ?」

「ちゃんと綴って本にしてるわよ? 国の方はいい装丁師を引き抜いたけれど、個人的な分は自分でしているわ。――あら、この鴨美味しいわね」


 やっぱり本を作る装丁師の良し悪しがあるのかと聞けば、本にした時に美しい方が精霊が憑やすく、破損なんかから守られたり、内容が少し強固になったりするんだって。そういえば、魔法の本を見つけてた時に精霊が憑いてる本があったな? 


「俺も装丁師雇おうかな?」

「契約増えてきてるの? あんまりアナタのやっていることをバラす人を増やすと、レッツェとディノッソが心配するわよ?」

ハウロンが言う。


「いや、精霊の名前の聞き取りが」

なんか『家』と島の塔に置いてある記名帳が埋まる速さが早まってて。


「……それを綴じられるのはアナタくらいよ」



◇   ◇   ◇

知らない方もいそうなので

山の中のSS詰め合わせがあります。

季節ものやオチがないもの、時系列があやしいものが置いてありますので

興味がございましたら!

https://kakuyomu.jp/works/16816700428780322647

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