第551話 本

 苦いのは灰のせいなのか、スイカのせいなのか謎。


 なお、【鑑定】しても、「スイカ、その中でも乾燥地帯で水として利用されることがある種類」とか、簡単なものしか出ない。たぶん灰を入れる行為を俺の中で料理の分類にできていないから。


 がんばって、俺! 食べ物だって認識して! じゃないと俺の【鑑定】さんはそっけないの!


『わははは! コレ不味いぞ、ご主人!』

エクス棒にも不評。


『その出来た水で干したメイズトウモロコシを煮て食べたり、体を洗ったりだよ』

あ、メイズってカーンが言ってた気がする。


 この辺でトウモロコシのことなのか、火の時代の呼び方なのか。


『なるほど、干しトウモロコシを煮るのにはいいね』

確かそのままじゃ、必須アミノ酸だかが上手く吸収できないんだけど、石灰や木灰やら貝殻を突っ込んで煮ると、吸収しやすくなるんだよね。


 それを知らずにそのままトウモロコシ食べてたヨーロッパ人から、ペラグラとか欠乏性疾患者が出たのは知ってる。ペラグラは脚気かっけより見た目がインパクトある様になるし、滅した先住民族の呪いとかそんなジャッジされそう。


 よし、何で灰をひとつまみ入れるのか納得いかなかったけど、先人の知恵ってことで納得したぞ! 必要です、灰! 


『そういえば山羊にあげる根茎ってどんなの?』

『スイカよりも君の頭よりもでっかいよ』


 でかいらしいです。一瞬スイカの根っこかと思ったけど、そんなことなかった。俺の知らない丸いやつでした。


『ご主人、もう一個!』


 ――張り切ったエクス棒により、無駄に4つほど掘り出したので、そっと【収納】にしまいました。


 さて、どうしようかな。ぼんやりもっと水がたっぷりなスイカを作ろうと思ってたんだけど、トウモロコシの栄養のことを考えるとイジらない方が良さそう。


 言葉でアルカリで処理してね! とか言ってたって、いつか絶対失伝するよね。だったらこの、「水を手に入れるためには灰を使う」って状態はそのままの方が絶対いい。


『よし、このスイカ、大きくしよう』

小玉スイカから大玉スイカに。


『大きくするの?』

『ダメか?』

ちょっと戸惑ったようなスイカの精霊に聞き返す。


『大きくすると、皮が厚くて硬くない? 山羊が食べられないんじゃないかな? 今も若いうちしか歯が立たないけど』

『なるほど。じゃあ、なる数を増やす方向で』

大きくして皮を薄くすると途中で割れちゃったり、今度は旅での持ち歩きが大変そう。


『それならいいね』


 スイカの精霊からOKをもらって、その方向で。なんかこう、植える数を増やすだけで解決しそうな結果に落ち着いた。いや、一つの苗からいっぱいなったほうがいいよね、うん。


 スイカから種を取り出して、当のスイカの精霊によく育つよう力を注いでもらう。


 精霊たちにお礼を言ってカヌムに【転移】。


 さて、手土産がスイカの種だけっていうのもな。ワインは確定として、パンと……何がいいだろう? 


 そういえば犬小屋できた頃かな? 今回は彫刻をたくさんするって言ってたから、まだかな? 様子見がてら一回行って、中に敷く布団のサイズを測ってこようか。


「こんにちは〜。ハウロンいる?」

夕方だけどまだまだ陽の長いカヌム、ハウロンたちの貸家に昨日に続いて顔を出す。


「いるわよ」

「なんかぐったりしてる?」

一階の居間に入りながら、アンニュイな感じのハウロンに言う。


「ぐったりというか、げんなりよ」

「なんで?」

犯人、俺じゃないよね? 


カヌムここじゃないけど、精霊が本に悪戯したのよ」

「精霊って本への悪戯って結構してるじゃん」


 この世界、シュルムが精霊の力を借りて紙を作ってるので、紙が羊皮紙より豊富。識字率は高いってほどでもないんだけど、そういうわけで高いけど、頑張れば物によっては買える、みたいな感じ。


 ちなみに「オリジナルの本」は大丈夫だけど、写本は劣化してゆく。経年劣化というより精霊がいたずらして、特定の文字を消してみたり、入れ替えてみたり、文や絵が当初とどんどん変わってゆくのだ。


 それは写しの写し、さらに写しというように、オリジナルに遠いほど顕著。あと、許可のないというか手順を踏まない写しはやりたい放題される模様。


 それでもまだ本の形にしたものは多少保つんだけど、綴じずにぺら一枚で置いとくと、一月もたないんじゃないかな?


 この世界ではとっておきたい文章は、製本して本にするか、封筒に入れておくか、封蝋で留めておくか。まあ、ちょっと手間がかかる。


「そうじゃないの。きちんと手順を踏んで作られた本が、一文字たりともそのインクを移すことができないはずの本が! 今回書き変わったのよ!」

「そうなの?」

オリジナルも悪戯されるんだ?


「オリジナルが書き変わったら、一体何を信じればいいの? 大問題なのよ!」

荒ぶるハウロン。


「そう言われると大変だなって思うけど、むしろなんでオリジナルに今まで悪戯してなかったのかが分からないし……」

精霊って無差別に悪戯するイメージがあるけど、でも確かに本への悪戯って他に比べて多い気がする。


 って、ルゥーディルが精霊図書館作ってるからか。眷属に積極的に本をさせている。その読む過程で、文字が移ったりなんだり、ついでに飽きて単純に悪戯したり。


「文章に対する思い入れの強さで、決まるとか聞くわね。書いた人間も読んだ人間も、その人たちの気持ちが紙に焼き付いてると言った人もいるわ。――高く売ろうとする想いの強さは、文章にじゃなく商品にかかるものはノーカンね」


「なるほど?」

「それよりも今は契約の本よ! よりにもよって契約!」


 ……ん?


「しかも神殿と王宮の! 契約書を製本した本が、数冊に渡って、保管場所も作り手も違う本がよ!?」


 ……。


 そういえば、魔の森でみんなの契約いじったらギルドの契約書が焦げたとか、座布団を縛っていた契約を切ったら座布団本体がぼふんといったとか……。


 よし、気のせい!!!!!



◇ ◆ ◇


「異世界に転移したら山の中だった」11巻、本日発売です。よろしくお願いいたします。

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