第550話 スイカの研究

 リシュと夜明けの散歩。


 陽の昇る直前、どこか青い風景の中、山道を行く。だいぶ早起きなんだけど、リシュが暑がりなんで、少しずつ早まった結果こうなった。


 こっちの世界、蝋燭どころか薪だって貴重だったりするので、日の出とともに働き出して、日の入りとともに寝るとか普通なんだけど。


 日の出、初夏の5時半くらいが一番早いのかな? 日本で俺が住んでたところより、1時間くらい遅い気がする。夏場の日暮れはあからさまに遅いけど。


 たったか走るリシュの後をついてゆく。たったか走っても、リシュは小さいから、俺の方は走るまでもない。少しリシュの方が早いけど、あちこち匂いを嗅いだり忙しいので、すぐ追いついて追い抜いてしまう。


 追い抜かれたのに気づくと慌てて走って来て、俺の足元をしばらく並走する。時々見上げてくるのが可愛いのだ。


 俺のもらった山は、一種の結界の中。守護をしてくれた神々は別として、俺が許可を出したものしか見えないし、入れない。姉たちや光の玉は【縁切】しているので論外。


 悪意のない精霊を出入り自由にし、動物の出入りも可能にしている。俺の山以外、森と呼べるような場所がない丘陵が続くんで、どっちにしても大型獣は来られないだろうけど。なので多いのは鳥。


 虫は害虫却下なので、個別に許可制です。ミミズの類やミツバチは最初の方で取り入れている。実のなる木の精霊たちに、希望を聞きながら解禁して行っている感じ。


 受粉のためには蝶とかもいた方がいいんだろうけど、その幼虫はいると困るんだよね……。とりあえず果樹園や畑、家の周囲以外の山の中は許可している。鳥の餌にもなるし。


 果樹と畑の受粉はミツバチと精霊に頑張ってもらってます。ミツバチは今は木のウロに住み着いてるんだけど、そのうち巣箱を作ろうと思っている。蜂蜜の収穫をしたい俺です。


 かなりアンバランスな生物環境になってるな〜とは思うけれど、足りない部分は精霊が補ってくれている状態。精霊たちから話を聞いて、気づいたところからちょっとずつ生物を増やしてはいるんだけど。


 山の点検を兼ねた散歩を終え、リシュをブラッシング。リシュは精霊だから、泥も虫もつかないんだけどね。寝そべって気持ちよさそうにブラッシングをされているときと、途中で飽きてブラシを口で追い、はくはくかぷかぷするときとある。


 今日は気持ちよさそうにして無抵抗。満足すると反対側にゴロン、お腹を見せてゴロン。最後は撫でて終了。


 で、俺の朝ごはん。


 本日は深川飯。2種類あるけど、味噌で煮込んだネギとアサリをご飯にかけたタイプの方。海苔をたっぷりかけていただきます。ぶっかけ飯って、ちょっと行儀が悪いイメージがあるけど、海苔やミツバ、小ネギをかければ解決する気がする俺です。


 さらさらとかき込んで、漬物を食べて、お茶を飲んでおしまい。これもまた幸せ。


 さて、今日はスイカの研究に砂漠に行く。砂漠っていっても、スイカが生えてるのは、砂の砂漠じゃなくってもう少しエスに近かったり、ジャングルに近かったりで、草がまばらに生える乾季のサバンナみたいなとこみたい。


 とりあえずエス川の中流くらいに【転移】。精霊たちにスイカを知らないか聞きながら、ヤシと砂漠の間みたいな、草の生える乾いたところを移動する。


『知ってるよ〜あるよ〜』

名付けつつ何人かに聞いた結果、知っている精霊に遭遇。


『お〜。ある場所を教えてくれる?』

『いいよ〜』


 というわけで、その精霊についてゆく。詳しい話はスイカの精霊がいたら、スイカの精霊に直接聞く所存。


 枯れてた草や、背が低くて葉っぱのないひょろひょろした枝の木が生える場所を進む。木も枯れてそうだけど、眠ってる精霊がくっついてたりするので、きっと雨が降ったら青々するんじゃないかな?


『ここ〜』

『ありがとう』

灌木かんぼくの下、白っぽい丸いスイカがいくつか転がっている。薄い縞が出てるのもまざってるようだ、縞があるとスイカって感じがする。サイズは小玉だね。


 その小玉スイカに精霊がちょこんと座っている。ちょっと丸っぽい人型、やっぱり人と関わりが深かったのかな?


 ちなみに案内してくれた精霊も人型混じり。エスの川筋近くは、長く人間の利用してた土地だからね。エスから遡ってくると、途中に両岸ともしばらく砂漠に飲まれたような植物が生えない場所があるんで、中流より上のほうには来なくなったみたいだけど。


 砂漠が広がって、アサスも封じられて、村やら国やらが消えまくって、火の時代に比べてこっちの大陸は人がガクッと減ってる。代わりに中原が風の時代にどんと人口が増えたみたい。


 海辺のエスに集まって、内海を挟んで豊かな国々と貿易する方を選んだ感じなのかな? 


『こんにちは、質問していい?』

『いいよ? 君、なんかいいね。名付けてくれる?』

ぽぽんと小さな手でスイカを叩く精霊。


『はいはい、スイカ1号』

ネーミングセンスは諦めてくれ。


 名付けてる量が量なのもあるけど、いつか俺よりいい人が現れたとき、思い入れのある名前より、名付け変えうわがきが楽になる。


『ありがと。何が聞きたい?』

もひとつぽぽん。


『スイカって、人間が水分とるって聞いたけどどんな感じ? どうやって利用してるの? だいぶ保つって聞いたんだけど』


『半年くらいでダメになるのもあるけど、年単位で保つよ』

さらにぽんぽんと座っているスイカを叩く精霊。どうやら、話の終わりに叩くっぽい。


『この辺、人が通ってた頃は、薄切りにして木の枝に引っ掛けてから食べたりしてたね』

乾燥スイカ? 水分多いならなんか干すの大変そうだけど。ずいぶん縮みそうだし。


『後は棒で突いて灰をひとつまみだよ』

『棒で突いて灰をひとつまみ……』

灰?


『山羊と争ってたね。山羊には代わりに根茎こんけいだよ』

『山羊には代わりに根茎』

『山羊には美味しいけど、人間には毒だよ』


 えーと、人間も山羊もスイカを食べるけど、人間が食えない根茎があるからそれを山羊にやって、スイカは譲ってもらうってことだな?


『とりあえず一個、やってみていい?』

『どーぞー』


 そう言うわけでスイカの精霊に従って、スイカチャレンジ。


 まず、灰のために火を起こすにあたり、野焼きにならないよう枯れた草をどけて土を浅く掘る。風はないから浅くて大丈夫。必要なのはひとつまみの灰だし、大きな火はいらない。


『はい、穴開けて開けて』

『エクス棒、よろしく』

『はいよ、ご主人!』


 エクス棒でボスっと穴を開ける。


『ぶああ、なんか変な感じ! 穴開けるとこだけ面白い!』

で、その穴から中身を突いて崩す。


 中身は白いというか、薄黄色いというか、瓜っぽい色。スイカも瓜か、西瓜だし。


 エクス棒的には、穴を開けるのはいいけど、穴から中身を崩すのは好きじゃないみたい。でも片っ端から穴を開ける訳にはいかないんで我慢してくれ。


 中身をざっくり崩した後、スイカの精霊に従って灰をひとつまみ。


『後は放置だよ』

ちょっと混ぜた後にそう言うので、しばらくスイカの精霊と話して時間をつぶす。


 なお、スイカをそのまま食うこともあるそうです。なんで謎の儀式みたいな方を先に教えてくれたのか。


 しばらく待ってたら、なんか中身が濁ったごく薄い黄色の水に。灰で果肉が溶けた? 水に変わった? ファンタジーすぎる。


 でもなるほど、確かにこれなら水筒がわり。果実からとる水分じゃなく、立派な液体だ。――味、味は予想外に苦かったです。

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