第312話 うちの枝
デザートはりんごがぎっしりつまったアップルパイ。島は冬でも暖かいので、りんごはちょっと北の方から運ばれてきたのだろう。砂糖もバターもたっぷり、こっちの世界の酸味が強いりんごとはよく合う。
こちらでもそれなりの店では見かけるお菓子なのだが、食べた中では一番かな? 何より焼きたてはサクサク。
「シナモン……」
アリーナがつぶやく。
「シナモン好きか? ここの朝食はシナモントーストが選べるぞ」
ソレイユがシナモンが好き――というか、最近シナモンスティックの輸入で一山あてたらしい。
「シナモン鳥の巣ですよね?」
「うむ」
「え」
オルランドとお爺さんが突飛なことを言い始めたぞ?
「どんな鳥なの?」
「さて。大きな鳥としか伝わっておらぬ。南を向いた高い高い崖の上、シナモン鳥のかける巣を命がけで採取すると聞く」
いや待て。肉桂の樹皮だよね? 普通にはいで乾燥させてるだけだよな!? え、でもファンタジーなとこもあるから鳥の巣ワンチャン!?
ぐるぐる思考の迷子になっているうちに、デザートタイムが終わって店を出る。
えーとどうしようかな。精霊の枝と面通しが先か、ソレイユが先か。
「あそこは市場? でも最初に『精霊の枝』に詣らないと」
アリーナ。
枝が先になった。『精霊の枝』の方が場所が近いしまあいいか。
いつのまに配置したのか、『精霊の枝』の入り口に衛兵。衛兵は普段受け持つ範囲は限定されているが、代わりに警備よりもっと強権が与えられている。いざとなったら斬り捨て御免。
ちゃんと料金を払って、中を荒らさなければ何もされないはず……。入り口への短い階段に足をかけたところで、衛兵が門を開けてくれた。
「寄進をする前に、なぜ衛兵が門を開けてくださるのか……」
オルランドがつぶやき、お爺さんは俺を見る。
俺も受付で料金払うべきか迷ったんだが、その前に開いた。この世界、一定より上の層はツケ払いが普通なのだが、『精霊の枝』に入る時に行う寄進だけは現金払いの習慣がある。
お金持ちは決められた最低限をその場で払って、後から金や物を寄進することがスマートとされている。まあ、観光で後からの寄進は滅多にないけど、住んでる町や、信仰している枝へはね。
「ほう、将来が楽しみな……」
お爺さんが立ち止まり、中庭を眺めて言う。
中庭は木々がまだ育っていない。チャールズが草花で整えてバランスよく補っているが、きっと時間経過でもっといい場所になる。
それは島内全部で言えること。ちょっと大きめの木を移植した場所もあるけれど、運ぶために枝をある程度落としたり、土が変わって一旦葉が落ちてしまった木もある。
それでもチャールズがマメに手を入れて、枯れることなくちゃんと根付いているようだ。なお、俺の家から持ってきたやつは元気一杯の模様。
「ここの精霊の枝には、三本あるとか、動く、踊る、騒がしいなど噂がありますが――建物や庭は綺麗ですね」
オルランド、無邪気に俺に言葉の攻撃しかけないで。
ゆっくり歩きながら見て、精霊の枝の部屋に向かう。俺たちがたどり着く前に、部屋の前にいた二人の衛兵と、規則的な歩幅でやってきた衛兵二人、四人掛かりで大きな分厚い両開きの扉を開けてくれる。
いや、無理に左右同時に開かなくても……。その前に鍵はどうした? この部屋まだ立ち入り禁止で、鍵を持ってるのは限られてるはずだ。
「わあ!」
天井から吊るされた青い薄布がたなびいて、焚かれた香がかすかに香る。天井の丸窓から光が差し込み、布で隠された台座の周辺は明るい。
夜中に屋根に登って穴を開けた甲斐があり、だいぶ綺麗な空間に仕上がっている。メンテナンスは頑張ってもらおう。ガラスをはめてあるが、天窓って雨漏りのイメージがある。
はらりと薄布が動いてハニワが見える。あれ、ポーズそれだっけ?
「二本? いや、あれでひと組?」
オルランド君が混乱している!
「天を衝くがごとき枝様が一枝、白と黒の枝様は対のよう?」
アリーナ、天を衝くがごときってハニワのことか? 確かに直立はしてるがそういう表現?
「麦の枝とは全く違う……。いや、枝なのかこれは?」
お爺ちゃん、それは言わない約束でしょう!?
「個性です、個性」
「私が見た精霊の枝は、たいてい植物の形を成していたのだが……」
え、そういうルール!?
カタッ。
「ん?」
お爺さんの方を向いていたら、台座からなにか物音が。
「枝様……?」
「先ほどと形が変わっていませんか……?」
アリーナとオルランドもハニワに目を向ける。
変わったと言うか、前回見た時の格好に戻った気がする! じっと見ていたら、布が不自然に台座の前に集まってきた。やめろ、せっかく捕まえようとしてる人材に逃げられたらどうする。
「……カタッていいましたよね?」
「気のせいです。移動しましょうか」
笑顔で言い切る俺。
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