第311話 島での昼食

「高いのではないですか? ヘインズ様とアリーナはともかく、私のこの格好で足を踏み入れていいものか……」

「高いのかもしれないけど、三人の分も出すから好きなの食っていいぞ」

オルランド君がきょろきょろと落ち着かない様子で言うのに答える俺。


 食べたら面接で断りづらくなるはず……っ!


 広場に面した建物は建築家と石工や大工が頑張った結果、色味はほかの家屋と変わらないものの、荘厳というかなんというか。宿屋も例に漏れず、彫刻やらガラス窓やらが目に飛び込んでくる。


 入ったら入ったで陽の光が降り注ぐ、でかい窓がついた吹き抜けの明るいホールだしな。ソレイユチョイスなのかアウロチョイスなのか知らんけど、中の調度ちょうども品がいい。人を入れない場所はまだ作業中だったりするのだが、言う必要はないだろう。


 ナルアディードにある大きな商会は、権勢を競ったり客をその気にさせるためにホールや応接室を飾り立ててる。派手ではないけれど、それと比べても引けは取らないはず。


 案内されて席に着く。客は俺たちのほかは三組しかいないが、島に入る人数自体を制限しているので妥当だろう。まだあちこち工事してるし、試験運用中みたいなものだ。


 その三組も食事を終えて、酒を楽しんでいるところだ。


「メインはホロホロ鳥の蒸し煮か殻付き海老のパスタになりますが、どちらがよろしいですか? お子様のお食事は量が半分になります。今でしたらホロホロ鳥は粘土焼きでもお出しできますが、こちらは丸鳥になります」

店員がまず酒の種類を聞いた後、料理の注文を聞いてくる。


「粘土焼きって時間がかかるのでは?」

腹が減っているので待てない。


「もう窯に入っておりますので、パスタと同時にお出しできます」

「海老のパスタそれぞれと、全員で粘土焼きでいいか?」

三人に聞く。


「え、ええ」

きょどるオルランド君。


「頼む」

「楽しみ!」

お爺さんとアリーナの二人は余裕がある様子。


「ホロホロ鳥なんて、ドラゴンの飛ぶ大陸からエス経由で少量入ってくるお高いものを……っ」

店員が下がった後、なんかオルランド君が胸の前で手を握りしめてぷるぷるしている。


「そうなのか?」

「最近はカヴィル半島の一部で増やしてるよ? それでも鶏よりはるかに高いけど」

さすが商家の娘、アリーナもソレイユと商売の話で盛り上がれそうな気がする。親の話を聞きかじっただけかもしれんが。


「一時期は金を払っても手に入らなかった、今は高い・・んです!」

小声だが力強く言うオルランド君。


「この島を訪れること自体難しいこと。たまには贅沢もいい――料金はニイ殿の分も私が払おう」

お爺さんが言う。


「ヘインズ様、大丈夫なのですか?」

「一生に一度のことだ」

「俺が誘ったんだから、俺が払うよ。気持ちだけもらっておく」

心配そうに聞くオルランド君の様子を見るに、ふところにそう余裕があるわけではないっぽい。


 あと一生に一度とか言ってるが、これから住んでもらう方向です。


 ほとんど待たずに酒と前菜が来た。飲んでいるうちにメインの料理が来る方式は俺のリクエスト。食前酒は単純に殺菌作用もある、こっちの世界は食中毒も油断ならないから。


 アーティーチョークをグリルしてオリーブオイルと塩胡椒をしたもの、葉が分厚いほうれん草みたいなやつのキッシュ、チーズ、ハム、それぞれがちょっとずつ皿に乗った冷たい前菜。


 なんと言うか普通だ。


「卵たっぷり」

にこにこしながらキッシュを口に運ぶアリーナ。


「オリーブオイルも上質、熟成されたチーズ……。いやその前に食器が……っ」

あ、そういえばこっちは気温が高いから、作ってすぐ食べるフレッシュチーズが多くて、年単位で寝かせたチーズは少ないんだった。


「ワインも素晴らしい」

香を嗅いで、ひとくち口に含むお爺さん。


 フェンネルの葉で味付けされたシンプルな豆のスープ。焼きたての丸い小ぶりなパン。俺にとっては普通っぽいけど、上質カウントされる料理。


 オルランド君が皿にスプーンやフォークを当てないように慎重に食べている。ちょっとカチンと当たるだけで絶望的な顔をするんだが……。


 大丈夫か? 味がわかるか? 皿は割っても気にしなくていいから飯を楽しんでほしい。屋台にしとけばよかったか。


 さらに海老のパスタが運ばれ、間を空けずにカートに乗せられた粘土の塊登場。


 店員さんがゴンゴンとカートの上で粘土を割り、取り除く。中から出てきた油紙を開くと、恐ろしくいい匂いが辺りに漂う。


 もも二本、手羽付きの胸肉を半分にした四つに、あっという間に分割される。


「ももがよろしいですか? 胸がよろしいですか?」

店員が部位の希望を聞いて、それぞれの皿に盛り付けてくれる。小玉ねぎと人参、じゃがいものローストが添えられる。


 じゃがいもは俺が持ち込んだものだ。以前売り込んだものより日本のものに近くなった品種。この宿屋を使うのは地位があるか、そこそこのお金持ちなので、そっと売りたい野菜を料理に混ぜている。


 もう少ししたら、三月豆とかナスとかトマトとか、島の畑で採れたものが使われるはずだ。食材が揃ったら、どんな料理ができるか教える予定。


「美味しい〜」

「本当に美味しいです」

「さすが、美味いな」

よかった。オルランド君、ちゃんと味がしている!


 ホロホロ鳥はちょっと雉みたい? 丸ごと焼くとやたら美味しくなると思うのは俺だけだろうか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る