第229話 塔の各階

「おはようございます、我が君」

「夜明け前に荷物を運んできた船頭が駆け込んできたんだが、今度は何をやった?」


 扉を叩くノッカーの音に、玄関開けたら笑顔のアウロと仏頂面のキール。そして死にそうな顔をしているソレイユと側に控えるファラミアの四人。


 ノッカーは狼が輪っか咥えてるやつにしてもらいました、可愛い。そしてこっちの扉、鍵で開け閉めするから扉にドアノブがついていない。鍵を開けるって意味じゃない、内側からも扉に挿した鍵を引っ張って・・・・・開けるという仕組み。ドアノブが欲しいです。


「ああ、窓をつけたからか?」

「窓を?」

怪訝そうなアウロ。


「見るか?」

「ぜひ」

間髪入れずアウロが答える。


「入るの怖いのだけれど」

「大丈夫、大丈夫。だいぶ明るくなったし」

塔に怪談話はつきものだが、動き出す人形なんか仕込んでないぞ。


「なんで明るいと大丈夫なのか訳がわからない上に、不安が増したわ」

「ニイ様、ソレイユ様は幽霊を怖がっているのではなく、塔の実態を知ることを恐れておいでです」

ファラミアがソレイユ語を通訳してくれた、聖獣の鹿ポジションか。


「まずここホールね」

正面にある階段しかない、広い空間。


「精霊灯では驚かない、驚かないけど、見事な細工……」

「ありがとう?」

青い顔しながらうっとりするという器用なソレイユ。


「ここだけで一体どのくらいの光の精霊がいるんだ?」

キールが胡散臭そうに周囲を見る。


「上と下、どっちから見る?」

「この上はダイニングでしたね」

このアウロの言葉で上から行くことになり、ダイニング披露。


「まだ家具が揃ってなくてな」

普通です、まだ机その他は仮置き。暑苦しいドワーフに会いに行く決心がついたら、家具作りの依頼をするつもりで、ここはあまり手を入れていない。家具に合わせて床と壁を考える。


「よかった、精霊灯以外は普通だわね」

ホッとしたようなソレイユ。


 あんまり窓をつけすぎても塔っぽくなくなってしまうし、最初からついてた明かりとりと、通風孔兼用の正方形の穴が海側に三つあるだけだ。


「レースをかけてらっしゃる?」

「ああ、虫除けだ」

「な、な! ちょっとこんな繊細なものを海風にさらさないで!」

アウロに答えたら、ソレイユが現物に気がついたらしく叫ぶ。


 模様のない部分はほとんど糸が見えず、模様が浮いているようにも見える見事な造形。逆に華やかで模様がないところがない、みたいなものも。どちらも繊細で美しい。ホールにもあったんだけど。


「それ蜘蛛の巣だぞ」

蜘蛛の精霊にそこに巣をかけてもらったものです。


「は?」

「……」

声を発したのはキールで、なんかソレイユは動きが止まった。


「く、く、蜘蛛」

「ソレイユ様、巣だけで蜘蛛はいないようです。それに確実に蜘蛛ではないと思います」

ファラミアが確認して伝える、どうやらソレイユは蜘蛛が苦手らしい。


「ああ。そもそも普通の蜘蛛は何をどう考えてもこんな巣は作らない」

キールが続けて言う。


「次、行くぞ」

さっさと階段を上がる俺。ソレイユ以外はチェンジリングの特性で、自分の執着していること以外はすぐに興味をなくすため、追求がそんなに厳しくないのだ。


「ああ、でもあのレース、市場に出したらいったい幾らに……」

ソレイユは切り替えられない模様だが。


 上は台所、塔は狭いのに設備は全部大きい。何故ならお菓子を大量に作るから。広い作業台、大きな窯、常時水の流れるシンク。


「珍しい道具もございますが、普通でございますね」

ホッとしているファラミア。


「この白く薄い食器は最近、大陸の北で開発されたものよ。これだけ揃っているのは驚異的だわ」

さすが金になる新しいものに詳しいソレイユ。


 ボウルごと冷やしておける魔法陣を描いた箱、同じく温める箱もあるけど、見た目箱だし、問題ないようだ。これで、アイスつくったりバターを溶かしたりする予定。


 大きな窯があるので、冷え冷えプレートは俺が料理の時に立つ床に設置してある。まだここで料理していないので稼働してないけど。


「ここは倉庫ね」

その上は薪や小麦の袋が積み上がった食料関係の倉庫。【収納】があるから、いらないんだけど部屋が余ったんですよ……。


「これより上は寝室と風呂だから省略、次は下だ」

ホールに戻って下へ。


「えええっ」

「ここは煙を気にせず食う場所だな」

海を見ながら海鮮バーベキュー会場がコンセプトで、崖にくっついている方はともかく、海に向かう壁はほとんど取っ払ってみた。


 鉄骨というか、精霊鉄を壁と上の階の床いっぱい張り巡らせ、同じくこの下の部分にも。あとなんかこの階に限らず、崖の岩と石材が融合してる気がする。


 夜中に変なテンションで精霊の手伝いやっほ〜っ! ってまったく止めなかったら気づいたらこうなってました。反省はしていない。


 城塞の再建に業者が入る前に窓を増やそうと、アーチの必要性を理解せずぶった斬って、壁を何箇所か崩した思い出が遠い。


 あれから学習したはずなのに、無駄に――いや、俺が不安に思っているところや、できないけどできたらいいな、と思っているところを特に手伝ってくれてるような気がするので、知識を得るのは必要なことだ。


 知らなかったらそこに手伝いが得られなくって、壁どころか塔ごと落ちた気がする。


 手伝ってくれた精霊にせがまれて、縁には花や緑を植えられるようにした。広くて風通しが良くって、真ん中に石で組まれたバーベキュー台がある場所。後ででっかい海老焼こう、海老。


「どうやって一晩で作ったのかわからないけど、広々としていい場所ね。特に階段が狭かったから気持ちいいわ」

驚いたもののソレイユ的にはセーフだった模様。


「いや、これはどうやって支えて……?」

代わりにキールが挙動不審だ。


「我が君は洗練されたものをおつくりになる」

アウロがやたら嬉しそうなのは何故なのか。鯵のお造りなら昨日の夕飯だ。


「次は作業場」

「……涼しい」

入った途端、呟くファラミア。


「作業してる時に暑いの嫌だもん」

「いや、おかしいだろう?」

キールがツッコんでくるけど気にしない。


「待って、床」

ソレイユの言葉に反応して、全員が床を見る。


「これはまた美しい」

「……何故、継ぎ目がないのでしょう?」

ファラミアが疑問をこぼす。


「一枚板だからな。薄いの張ってあるだけだけど」

土偶からもらった巨木のスライスです。


「どう考えても、家具の表面か楽器に使うものよ! 踏んでいいものじゃないわ! 傷が、傷がっ!」

「あ、そういえばルームシューズあるぞ」

「そういう問題じゃないの!」

まさか作業部屋の床板がソレイユの心に刺さるとは思わなかった。


 シンプルな棚の並んだ部屋がメインで、作業する小部屋のある地味な部屋。小部屋の窓も精霊鉄の窓枠を隠すように木枠で覆ってるし。でも隠し通路もあるよ! 


「はい、はい、次、次」

「流さないで!?」

今さら床板取り替えられないし、流させて!


「で、ここがダラダラする部屋です」

「美しい」

アウロからシンプルな賞賛。


 床板は作業場と同じ一枚板、黒い精霊鉄が描く蔦に支えられた大きなガラス窓、同じデザインのガラス扉。エスのメタルシェードのペンダントランプと精霊灯を組み合わせた明かり。石壁側にはタペストリー、クッションは白色雁の羽根入りをたくさん。


「この窓は何がどうなっているの? ガラスは窓枠にどうやって挟んであるのかしら。しかもこの窓枠は鋳物とも思えない繊細さだわ」

ソレイユが顔を窓に十センチの距離に近づけて、しげしげと観察する。


「触ってもいいけど、ガラスに指紋つけたら拭いてね」

掃除が一番面倒なんですよ。


「我が君、これはもしや精霊鉄でございますか?」

「うん」

あ、夜はつぼみだったのに蔦の先の花が咲いてる。精霊鉄、芸が細かいな。


「うん、じゃない、うんじゃないわよ! これだけの精霊鉄いったい幾らすると……! しかもこの細工! ガラス! いったいどんな職人が、どれほどの年月をかけて! 雑に扱うのやめて!!」


 ソレイユが叫びながら泣き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る