第651話 猫船長の観光

「頭痛や腹痛も症状によって色々だけれど――船で一番ありがちなものに効く薬と、薬効は薄くなるけれど、効果範囲の広い薬を用意するわ。痛み止めと。新しい方がいいだろうから、島を出る日を教えてくれるかしら?」


「ソレイユとの交渉次第だな。そう条件で揉めることはないと思うが――決まったら教えにくる」


「ええ」


 と、まとまった。


 パメラの店は、吊るしてある薬草にも、薬棚にも精霊がいたんでよく効くと思う。


 この世界の薬事情は、たとえ迷信でも地域によっては精霊が本当に治してることもあって、偽薬も馬鹿にできないこともあるし、とてもややこしい。


「そういえば、魔の森で採れる薬草で欲しいものはある?」

話が終わったところでパメラに聞く。


「今のところこれというのはないわ。あちらとこちらでは風土が違うせいか、患う病気の種類が別だし、同じ症状でもこちらで採れやすいもので治せるものが多いから。頼むとしたら、私の研究用かしら?」


 なるほど、同じ薬効なら近いとこで採れる方が輸送コスト分安くなるしね。俺の場合、輸送コストないけど。


「船乗りは北の方にも行くだろう?」

「船乗りがいるのはナルアディードよ。私はこの島の薬屋だもの」

猫船長の問いかけをあっさり切り捨てるパメラ。


「それとも貴方はここの住人になるのかしら?」

「いや、俺は……」

言い淀む猫船長。


 陸に定住しない海の男――と言いたいところだけど、きっとカーン……『王の枝』に惹かれてるんだろうな。


 海の男が海のない国の王に惹かれてる。


 風の時代からこっち、船を持つ国が大きくなった。内陸よりも沿岸の国の方が、発展するようになった。エスとか、シュルムとかね。


 ソレイユと猫船長の協力で、交易ルートは確保したようだけど、カーンの国は便がいいとは決していえない。代わりに容易に攻められないってことだけど。


 どっちがいいんだろ。


 パメラと別れ、メイン通りに戻る。


 観光客とあふん防犯を避けながら歩く。踏んじゃいけない石畳のブロックを、不自然にならないよう避けて歩く高度な技術を要求されている。


 パウロルおじいちゃん、増やしすぎじゃない……?


 メイン通りの左右は店が多い。広場に近づくにつれ、観光客向けの高級店が増える。島の住民にはあんまり必要ないもの。


 この島に観光にくる客は、移動範囲が広いけど、普通住民というのは国境どころか町の境界を越えたりはせず、狭い行動範囲に収まる。


 地域に根付く、といえば聞こえはいいけど、純粋に通行税が高かったり、高いを越えて国ぐるみで追い剥ぎしてたりするしね!


 この島の住民たちも、ナルアディードとの行き来はあるけど、その他にはあまり行かないみたい。


 1番の目玉は特産品の青い布を扱う店。手頃な青いリボンが人気、青い布はすごくお高いのだ。最近は藍染の革製品で小物の店もある。


 ちなみに魔の森のトカゲ君とか、俺が肉目的で狩った城塞都市周辺の牛の魔物の革とかは嫌な値段がついています。


「この島はずいぶん整ってるな」

「一気に作ったからね」

建物が全部同じ工房作だし、俺が買い込んだ資材だし。


 メイン通りから逸れると入り組んでて、慣れていないと通り抜けはできないけど。


「それに水が豊富だ」

「うん」


 城の塔から流れ落ちる水は、島の水路を満たしている。おかげで、日差しの割に大分涼しい。


「ナルアディードは本物の『精霊の枝』を戴き、華の街と呼ばれることもある。洗練された建物、色とりどりの服、珍しい食い物に、上等の酒、美術品の売買に派手な金遣い」


「手長海老美味しいよね」

うちの島にもいるけど。


 今日コンコン棒と一緒に捕まえたんで、後で塩焼きにしよう。


「だが、ここと比べたら途端に落ちる。家は混み合い、地面が見えず、港も海水を引き込んだ水路も淀んで時期によっちゃ臭う――ここは別世界だ」

「ありがとう?」


 たぶんこれはさっきの続き。パメラがこの島の所属にならないのか、と匂わせたことに対するやつ。


「でもきっと猫船長はここを選ばないよね」

「ああ」


 用意された場所に収まるよりも、自分で切り開いたり、ねじ込むタイプ。『王の枝』がなくても、島とどっちか選べとなったら、発展途上のカーンの国のほうを選ぶだろう。


「もうちょっと海が近くて港があるといいんだけどね」

「ああ」

猫船長が答える。


 アウロには意味が分からないだろうに、特に口をはさむことなく黙っている。


「ナルアディードよりはアミジンの港のほうが近いかな? 自由に使っていいよ。ソレイユには話しておくから」

「ああ。すまん」


 猫船長の短い返事を聞きながら、通りを歩く。


 庭師のチャールズが植えた花々があちこちに咲いている。家の窓辺には、住人たちが育てている花。これも半分は城から配られたもの。


 ちょっと俺の方で用意しすぎちゃったかな? 『清潔』が住むことの条件なのも相まって、住民が住民じゃなく、エキストラみたいなこう……。


 作物はタリアの飛び地で育ててるけど、この島個別で見ると観光が主な収入源なんで、正しいんだけどね。


 全部同じ作りではないけれど、同じ色をした統一感のある石造りの家々、ガラス窓、ロートアイアンの面格子――いや、面格子ついてたっけかな? 


 アミジンは、港付近の精霊忖度工事後は任せている。あそこは元々住んでいた人たちもいることだし、作って欲しいものを伝えて、後はソレイユとアミジンの人たちに任せている。


 港付近の城塞はソレイユたち、それ以外の土地はアミジンの人たちの希望をなるべく優先って感じ。


 ――アミジンの人員配置でそういえばソレイユから相談受けてたんだった。人が増えたらソレイユの商会員で回すのも難しくなるからって。


「俺もカーンに倣って、どっかで家臣っぽい人をナンパしてこないと」

「家臣を、でございますか?」

アウロがちょっとだけ不満そうな顔で聞いてくる。


「アミジンに常駐してくれる人」

「……」

笑顔で視線を逸らすアウロ。


 チェンジリングはこの島から出たがらないんですよね……!

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