第650話 薬屋

 猫船長を肩に島の中を歩く。


 ちなみに船員さんは別行動で観光中。小さな広場を離れる時に、俺の肩に飛び乗った猫船長が、たまには自由にしろって置いてきたともいう。


 マールゥが前をダンスのステップのような軽やかな足取りで行く。俺の横にはパメラ、後ろにはアウロ。


 赤毛で小柄なマールゥ、白っぽい柔らかくうねる髪のグラマラスなパメラ、金髪に整った顔のアウロ。


 うちの島、景観だけが目の保養じゃないかもしれない。道ゆく人がチラチラ見るんですよ! 主に観光客が。


 猫船長を見てるのかと思ったら、違った。


 ソレイユたちはまだ広場で親交を深めている。俺は猫船長の観光案内がてら、抜け出してきた。


 アウロは当然のようについてきて、マールゥはキールとやり合って引いたタイミングが被った。


「この島の住人は……いや、いい」

イカ耳猫船長、何か言いかけて口をつぐむ。


「ああ、いきなり目の前でやり合い始めたら驚くよね。大丈夫、物と参加者以外には触れないルールらしいから」

攻撃されることもなければ足場にされることもないので安心してください。


 あと普通の人もいます。


「それでソレイユ嬢をはじめ、まったく動揺がなかったのか……。いや、慣れすぎだろう?」

納得しかけて別なダメなところに気づいた猫船長。


「自分から裏の世界に入ろうとしなければ、巻き込むことはありません。きちんと分けておりますので」

通常営業のアウロ。


「裏……裏にしてはオープンすぎないか?」

イカ耳がもどらない猫船長、目の方も据わってきた。


 ごめんね、色々漏れ出てて。


「今日は、バルトローネ君が警備中だったからカモれなかったもんね」

ちょっと残念そうなマールゥ。


 バルトローネ君は元ソードマスター。……あれ? 負けて精霊剣奪われただけで、もしかしてソードマスターのまま? 


 まあいいか。


 チェンジリングたちの争いに自ら修行と称し、おやつを持って突っ込んでゆく男だ。そしてマールゥやキールにカモられる。


 正々堂々の剣とは対極な相手だと思うけど、なんかこう、求める強さの方向と違うとこいってないか心配。


 城に戻るマールゥとはメイン通りに出たところで別れる。


「薬はどれくらい保つものなんだ?」

「モノによるわね。けれど海の上では湿気るほうを心配したほうがいいわよ?」

パメラがいるのは猫船長の希望で薬を買いに行くから。


 潔癖症の医者もいるけど、航海用の常備薬を見繕う話なんで薬屋さん直行。


 パメラの薬屋は城側ではなく、本人の希望で町側にある。海から城まで続くメインの通りからははずれ、北に入ったところ。


 島の土地は限られてるんで住民の家には庭らしい庭はないんだけど、パメラの家には小さな土地も付けている。平らなところは少ないけれど、後ろの斜面も使っていいと伝えてある。細いけど、水路も別に引いた。


 島で唯一の薬師だからね。ファダー――潔癖症の医者の名前――も、調剤は少しできるし、ナルアディードから買えるけど、症状をみて処方してくれるほうが断然いい。


 こっちの世界の医者は、体の悪い部分に直接処置する緊急性の高い人の対応をする人、薬師は体の不調をゆっくり整えていく人って感じかな。


 怪我は回復薬が間に合えば治ってしまうので、どっちも病気や、後遺症の対処が多いみたいだけど。


 路地の終わりにあるパメラの店。


 店の横には薬効のある木と、雑草に見える畑、干された草の束、平たい笊に広げられた何か。水路には、網に入れられた木の実っぽいものが沈められている。


 店の中は入ると秤などが載ったカウンター、後ろに小さな引き出しが沢山ついたガラスや陶器の瓶が並んだ棚。


 天井からは乾き切った薬草の束がいくつも下がっている。


「どんな薬がご所望かしら?」

カウンターの内側に回って、パメラが聞く。


「腹下しの薬、頭痛薬、擦り傷用、化膿止めあたりを。――レモンやオレンジはソレイユに頼んである」


 メールの地で猫船長と会った時、船員の一人が酷い壊血病だった。


 ビタミンC欠乏症のひどいやつ。北の大地の船乗りはキャベツの酢漬けとか積んでたし、ビタミンという物質はわからないまでも、予防法は知ってると思ってたら、まだだった事件だ。


 もしかしたら、自分たちが優位になるために秘匿してたのかもしれないけどね。ナルアディードに寄港する船はあちこちから来てて、内海を出た途端戦い始めるとかあるし。


 そのへんガン無視して、ナルアディードの商業ギルドと海運ギルドに情報いれて、さらに酒場で何人かにしゃべってもらったけど。


「壊血病の予防ね。最近、濃縮麦汁がいいと吹聴して回る医者もいるけれど」

「妙な医者より、実際手助けしてくれたジーンを信じる」

しっぽをぴたんと猫船長。


「ありがとう」


 壊血病の他に、脚気も多い。

 膝に水が溜まって足を悪くし、船を降りる船員さんが多いみたい。金がなくって降りるに降りられない人も。


 保存も利くし、玄米食うのが早いと思うけど、船だと調理に薪の問題あるけどね。玄米ビスケットみたいなの作るべきだろうか?


 この世界の船乗りの病気って、主な原因が栄養の偏りと不衛生だと思う。猫船長の船は他と比べて随分と衛生的だったけれど。


 パメラは猫船長の船でよく出る症状を聞き取り、人数や頻度、航海の予定などを確認して書きつけてゆく。

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