第652話 人材

「どんな人物が欲しい?」

猫船長が聞いてくる。


「相手の信仰や生活を重んることができること。折衝が上手で、予算の分配ができる人かな?」

アミジンの人たちとソレイユ含むナルアディード周辺の人たちとは大分文化が違うし。


「心当たりがある、会ってみるか? アスピナという小国の王弟だったヤツだ」

「王弟……。大物すぎない?」

気のせい? 小国具合によるけど。


 こっちは本当に小さいところは300人いかない国あるし。


「昔はもう少しでかい国だったが、今はこの島くらいの広さだな」


 小さかった。


「シュルムに完全に吸収されそうなところ、国の名と形をギリギリ残したって感じだ」

「シュルム以外の国、小さいのいっぱいあって覚えきれない」


「似たり寄ったりの国が多いしな。まあ、その後はなんとか上手く交易の仲介やらでやってきた国だ。――が、最近のシュルムに対する蜂起に、隣国に唆されて国王が乗っちまった」


 あー。レディ・ローザと親密な国かな?

「反対したら、命を狙われたってんで、2年ほど前に国を出た。国はつい最近消滅して、未練はねぇみたいだし、どうだ?」

俺を見る猫船長。


 肩に乗ってるんで至近距離です。おひげくすぐったい。


 2年も前から計画してたのか。いや、もっと前からなのかな?


「どういう関係?」

「頼まれて逃げる時、家族ごと船に乗せた。30……今は32か。柔和で剣の方はからっきしだが、交渉ごとは強い」


「紹介お願いします」

他に当てがあるわけじゃないし、猫船長の人を見る目を信用しよう。


「最初はアベルをつけましょう」

アウロが言う。


 アベルとカインはアウロとキールの補助的なことをしている兄弟。不穏な名前だけど、今のところそつなくこなしてくれている。


「うん。相性もあるし、シュルム周辺とアミジンとでは気候も人の気性も違うし、お試し期間設けてもいいか聞いてみよう」

アベルもおやつ争奪戦を見る限り強いんで、護衛としても安心。


 でもきっと、この島に戻りたいって言い出す気がするので、それまでに護衛も正式に手配したいところ。


 アミジンの土地は、魔物が出るからね! 


 女神像のあったところ周辺は精霊が強くて、ついでに人があんまりいないせいで、黒精霊に取り憑かれた魔物の姿はほぼなかったんだけど、ちょっと内陸に入ったところはばっちりいた。


 アミジンの人たちは、カヌムや城塞都市の並みの冒険者くらいには強いことも判明。本人たちは普通だと思ってるけど、ソレイユが引いてた。


 『精霊の枝』の広場に出る。


「そっちが市場で、水が来てる方が城、あれは一番いい宿屋で島の食材使った珍しい料理を出す。そこは劇場――劇場は今何をやってるんだ?」

うちの『精霊の枝』を見たってことは、一回来てるのだろうけど一応説明。


「夜公演で室内楽、弦楽四重奏にピアノです。ピアニストがアルディ・ティという有名な方を招聘、3時ごろに劇場の入り口で弦の4人が1曲演奏をする予定です」

アウロに聞いたら、わかりやすく教えてくれた。


 劇場の入り口は数段の階段を登ったところがキャノピーになってて、広場にいる人に向けてちょっとした公演をすることも多い。公演じゃなくって、出演者が楽器を練習して、手慰みに何曲かやったり、一人芝居してたりもある。


「音楽や演劇にはあんまり興味はない。船の上で上がる唄の方が好きなんでな。それよりここに住んでるやつらの生活が見たいな」

猫船長が『精霊の枝』から出てきた親子連れを眺めながら言う。


「ああ、観光地じゃないところか」

市場と『精霊の枝』は生活の中心でもあるので、住民の出入りも多いけど、広場やメイン通りは観光客が多くて生活感は少ないかもしれない。


「市場は今の時間、住人は少ないかな。住人が利用するのは朝開いた時と、昼飯時くらいで、他は観光客がぐるぐるしてる時間だね」


 通りをちょと戻って、路地に入る。


「何の音だ?」

メイン通りの喧騒に混じって、聞こえ始めた規則的な音に猫船長が耳をそばだてる。


 ピンと立った猫耳。


「機織りだね」

「秘匿してないのか?」

「染色とか、隠しておきたいことは城側でやってるから」


 城には橋を渡らないと行けないし、あまり行って欲しくない場所には庭師チャールズの意識誘導の庭のデザインとパウロルおじいちゃんの魔法陣の仕込み。


 前者はうっかりたどり着いちゃうことの防止で、後者はそれ目的で忍び込んでも辿り着けないし、アウロやキールたちに知らせがいく。

 

「自由に見て歩いていいんだな?」

俺の肩から身軽に降りて、見上げてくる猫船長。


「ああ、散歩を楽しんで」


 後ろ姿に声をかけると、返事の代わりのように尻尾がくねる。


「……情報を集め、必要とする誰かに渡す。猫の姿は便利ですね」

アウロが言う。


「今はその誰かは決まってるんだと思うよ」

肩をすくめる俺。


 猫船長、健気だな。


「頼まれれば、城の方も見せるんだけど」

ソレイユの商売と競合しないだろうし。


 信用している相手でも、代替わりしたら約束を反故にされる場合があるんで、秘密は秘密のままがいいんだろうけど、カーンは代替わりしないし。


「我が君にも筋を通したいのでしょう。配下に入らず、少し残念ですね」

アウロが微笑む。


 なんかこう、猫船長もアウロもシリアスな感じだけど、関係はあんまり変わらないと思います。

 

 その後、城に寄って留守番組の従業員用におやつを出したら、今度は室内で戦争が勃発してたけど、いつものことなので放置です。



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