第418話 りんごの使用用途

「よし、わかった。今日の飯はノートたちと食う」

籠から目を上げたディノッソが力強く言う。


「え、やだ。奥さんのスープ……っ!」

美味しいんですよ、シヴァのスープ!


「あら。じゃあ、たまには皆さんにも持っていって?」

シヴァが笑顔で言う。


「ああ」

俺から目を離さず、籠の中からパウンドケーキとトマトソースの瓶を抜き出して、シヴァに渡すディノッソ。うさりんごは埃除けで隠されている。


 不穏なんですけど?


 さらにシヴァの手から、子供たちがパウンドケーキの包みを受け取って、開いて頭を寄せるようにして中を確認。


「ジーンのケーキ、好き! ありがとう!」

「ありがとう〜」

「好き〜」

嬉しそうな三人。


「あら、プラムね」

プラムというか生のプルーンを使って作ったパウンドケーキ。【収納】がなければ、生を使えるのはこの季節だけ。


 交配したものではなく、こっちの果物なので酸味が強いが、生クリームかアイスを添えて食べると素晴らしく美味しい。


「スープはティナに届けさせるわ、行ってらして」

にっこり笑ってディノッソを送り出すシヴァ。ついでに送り出される俺。


 夕食前に快く夫を送り出すできた奥さんだし、子供たちも空気を読んでディノッソお父さんのお出かけの邪魔はしない。


「ひどい」

「ひどくねぇ! ひどいのはずれてるお前の価値観!」

首根っこを掴まれて、ずるずる引きづられてる俺は、人のうちの家族団欒に未練たらたら。


「ほれ、鍵だせ鍵。後で改めて夕飯に招待すっから」

「絶対だぞ」

期待させておいてまたお預けしたらひどいからな? そう思いながら、勝手口の扉を開け、家の中に入る。


 真っ暗だけど、通り抜けるだけだし、そのまま居間に進む。俺は慣れてる家だし、ディノッソは夜目が利く。


「っと、外にいるな。お前、ノートんとこにもアレ届けた?」

「アレってりんご? りんごなら届けたけど?」

言いながら、玄関の扉を開ける。


 ディノッソの言葉からして、外の気配はどうやら執事らしいけど、執事って気配ないんだよなあ。


「わ、いっぱいいた」

扉を開けたら、執事とレッツェ、ハウロン、カーンがいた。


「お邪魔いたします」

にこやかな執事。


「レッツェの言った通り、来たわね」

「ノートが俺のとこに駆け込んでくるくらいだ、ディノッソだって一人じゃ対処したくないだろ」

ハウロンとレッツェの会話。


 二人が話しながら中に入る間に、さっさと暖炉に火を入れる執事。暗かった家が、オレンジ色に照らされる。


「で、やっぱりそっちにもりんごが?」

どっかり座ったディノッソが、籠を机の上に置いて埃除けを取る。


「ええ」

執事も同じく。


 執事以外が席につき、輝くりんごを眺める。


 暖炉の火に照らされ、金色に輝くりんご。金って、暗いところで火に照らされると、本当綺麗だな。蛍光灯とか日の下で見るよりも遥かにいいと思う。昔の日本人が金屏風とか作るはずだ。


 まあ食うんだけど。


「何度見ても黄金のりんごよねぇ。アタシ、初めて実物見たわ」

ハウロンが籠を眺めながらまじまじと言う。


「これ、2個分よねぇ……」

「もっと食いたければ持ってくるけど」

八等分なので、一応全員分ある。


 綺麗だし珍しいけど食欲の湧く色ってわけじゃないので、一個ずつにしただけだ。まあ、執事がアッシュと二人で食うか、レッツェたちにお裾分けを持ってくかはどっちでもよかったけど。


「食べてどうするのよ! 黄金のりんごでしょう、これ!」

ハウロンが叫ぶように言う。


 学習したので抜かりなく防音です。ご近所迷惑よくない。


「すでに切り分けられてるけどな。うさぎか、これ?」

レッツェが聞いてくる。


「そう、うさぎ。色、赤の方が可愛いんだけど」

金色は輝いてて綺麗だけど、うさぎりんごはやっぱり赤いやつの方がいい。


「赤の方が可愛くっても、黄金のりんごには、それこそ国の一つ二つもらえるくらいの価値があるのよ!」

ハウロンが力説する。


「ジーンと話すと常識が揺らぐ」

「大賢者の意識に、すでに可愛いという視点が混入しておりますな」

ハウロンの隣で、ディノッソと執事が小声で会話。


「飾っとくなら、金でりんご作っても同じじゃない?」

「こ・れ・は! 継続的な供給という点に於いて、魔石より優秀な魔力供給源なの! 食べるものじゃないの! 丸のまま置いとくもんなの!」


「そうなの?」

俺の鑑定さんは食えるか食えないかを優先して表示します。


 ハウロンによれば、一人の精霊の力が凝った魔石や雫ではなく、小さくてもたくさんの精霊が関わってできたのが黄金のりんごらしい。


 もいだ後も、黄金のりんごを見た精霊が力を注ぐそうで、しおれることもなく、黄金の光とともに、うっすら魔力を放ち続けるんだそうだ。


 普通は枝になってた年数が長いほど、元の魔力が強いんだってさ。俺の持って来たのは、なってそう経ってないと思うけど強いらしい。多分、短期間でもこれでもかってほどたくさんの精霊が力を注いだんだろうって。


「かつて、このりんごを巡って争い、滅びた国がある」

カーンが重々しく言う。


「ああ、やっぱり争い起きるんだ?」

「そうよ、それだけ貴重なの!」

ハウロンが言い切る。


「よし、じゃあやっぱり食べよう」


「どうしてそういう結論なのよ!」

ハウロン。


「何をどうしてそうなる?」

カーン。


「お前……」

ディノッソ。


「ジーンだからな」

レッツェ。


「ジーン様ですしな……」

執事(ため息付き)。


 争いが起こるくらいなら、腹に収めてしまった方がいいと思います。

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