第114話 団欒にお邪魔
「ジーン!」
子ども三人の声がかぶって俺の名を呼ぶ。
「こんにちは」
「いらっしゃい。この間はありがとう、よく切れて助かってるわ~」
抱きついてきた子供たちを順番に受け止めて、最後に奥さんにハグ。農家の外でのハグだったら、子どもたちを持ち上げてぐるっと回すとかやってたんだがさすがに家の中でも
「まて。よく切れるって?」
「気のせいです、気のせい」
「ふふ」
最後になんか不審そうな顔をしたディノッソと肩をたたきあうような軽いハグ。この家族がハグが好きなのはディノッソとシヴァ、どっちの影響なのかな。
奥さんと執事には俺の打った包丁を渡している。いや、俺じゃないぞ? 執事がそそっと交渉してきたんで、家からの最初の流出は執事の責任です!
奥さんには普通にご機嫌伺いで渡したけど。
「夕ご飯食べていけるかしら? ディノッソが獲って来た鹿なんだけれども」
「お願いします」
久しぶりの奥さんのごはん。
「鹿だー!」
「ようやく食べられる~」
そう言って何故かディノッソに突撃する双子。
ハーブから作ったナップスという蒸留酒とジュニパーベリーを混ぜたものに、半日漬け込んで焼いたやつだって。乾燥保存してあったジュニパーベリーを見せてもらったらなんか黒い。元はブルーベリーみたいな色なのかな?
【鑑定】したら酒のジンの匂い付けの材料だって。シヴァはこれでお茶も作る。
ジュニパーベリーはとても独特の風味。名前にベリーってつくけど、ストロベリーやブルーベリーとは違った風味で、甘酸っぱさはない。強い香り、程よい苦味と若干のスパイシーさ、飲んだことないけどジンはこんな感じなのかな?
「俺の奥さんの料理は美味いからな〜」
そう言いつつ肉を焼くのはディノッソの仕事だ。
居間の暖炉は家族が多いので俺の家より大きくしてある。正式名称は知らないが、薪を燃やす格子状の台から下に落ちた赤く燃える炭を火かき棒で手前に広げ、肉をセット。ぐるぐる回すアレだ。
ステーキみたいな形状の時は、
暖炉の前に座って、子どもたちの相手をしながら肉を焼くディノッソ。その間に他の準備をするシヴァ、皿を運ぶ俺。
肉の焼き汁を受けた鉄トレイを取り出して、シヴァがクリームを混ぜてソースを作る。準備完了したかな? 肉の焼き加減もいいかんじ。
「はい」
切り分け用の包丁をディノッソに渡す、肉の配分はこの世界では家長の役目なのだ。
「おい。まて、これ……」
「あなた、子どもたちが待ちきれないわ〜」
にっこり笑って全部言わせないシヴァ。
非常時はともかく、通常運転の家の中で一番権限があるのは奥さんなのだ。あきらめろ。
ディノッソに切り分けてもらって、いただきます。ナップスとジュニパーベリーの風味がほんのりと効いて美味しい。
「美味しい」
筋肉の繊維がほぐれるように崩れる鹿肉とクリームソースがよく合う。付け合わせはそら豆のチーズ焼き? 茹でたそら豆をニンニクとオリーブオイルで炒めて塩で味付け、山羊のチーズをかけたもの。
「そら豆は旬には早いわね、でも初物だから」
シヴァが言うように、成長するにはまだ寒いのかちょっと小ぶりなそら豆。でもきれいな翡翠色。
チーズって基本的に冬の乳で作るんだって。夏の乳は脂肪分が少ないしバクテリアが多くてチーズ作りには向かないようだ。この時期のチーズは新しくってまだ柔らかい種類。
山羊のチーズって少し苦手なんだけどこれは美味しい。唐辛子を入れてちょっとピリ辛にしてもいいかな、黒胡椒とか……。香辛料を色々シヴァに届けよう。
人に作ってもらう料理は美味しい。
「ここにいると俺も家族が欲しくなる」
「ティナがお嫁さーん!」
「僕もお嫁さーん!」
「じゃあ、僕はお婿さーん!」
「ダメ! ダメ! ダメェーーッ! お父さんはんたーい!」
ディノッソがすぐさま反対する。
「えー!」
「えーー!」
「えーーーー!」
「なんで〜?」
「なんで、なんで〜?」
「なんで、なんで、なんで〜?」
いつもの流れでディノッソと子どもたちの掛け合いが始まる。俺がどうこうよりも
「あらあら」
俺の差し入れたワインを飲みながらまだ肉を食べているディノッソに、食べ終えた子どもたちがワーワー言いながらしがみつく。
「そういえばアッシュさん、女性だったのね〜。あの服はジーン?」
「うん」
アッシュの服はズボンのサイズを直し、シャツの腰を絞って開襟の裾が長めのものにした。したんだけど、アッシュがシャツをズボンにインするのでベストも作りました。
後ろから見ると男装の女性に見えないこともない。正面からは腰が細めな男に見えるのはどうしたらいいんだあれ。胸か、怖い顔かのどっちかをなんとかしないといけない気がする。
これから女性っぽくなるんだろうか? 凛々しい上にあの性格、ちょっと不安になる。
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