第113話 ベッドマット再び

「ご機嫌だな?」

「うん」

俺の家でコーヒーを飲んでいるレッツェ。


 茶だと言って出して、気に入ったのはレッツェ一人。他も砂糖とミルクを入れれば飲む、苦いのが嫌みたいだ。というか、ディーンとディノッソは酒だな、他は紅茶。


 さっきまでベッドマット作るのを手伝ってもらっていた。鋼線をスプリングになるように編むところまではやったのだが、それにフェルトを合わせたり綿のカバーをつける作業は一人だとさすがにきつい。


 スプリングを押して縮めてもらったり、どたんばったん。二人でも足りないくらいだった。単純にでかくて扱いにくいし。


 鋼線の編み方をもうちょっと工夫してスプリングの硬さを調整したいけど、これはこれでなかなかいい感じ。俺の家のベッドマットがへたっても換えられて安心、将来の憂いが消えたのでご機嫌なのだ。


「手伝ってもらった礼にどれかやろう」

「なんだ?」


「ランプ」


 鍛冶場をようやく稼働させたので、真鍮しんちゅうをコンコンやりました。叩いて伸ばして形を作ってゆく感じで、あまり鍛冶は関係なかったけど。むしろガラス吹きで炉を使った。


 机の上に作ったランプを並べてゆく。


 持ち歩けるカンテラ、部屋に置いて使うタイプのテーブルランプ、どっちも巻き芯型。菜種油はさすがに燃料用アルコールより暗いので、真鍮をピカピカに磨いた反射鏡をつけて明るくしてある。


「グラス」


 ワイングラスとシャンパングラス、ビールジョッキをどん。透明なものと色をかぶせて切子を施したもの。どうせガラスを吹くならと、勢い余って作りました。


「こっちは傷がつきやすいから、普段使うならこっちを推奨。熱いものはダメ」


 鉛ガラス――いわゆるクリスタルガラス。屈折率が高くて透明度が高いきらきら。一応、問題になる程の鉛成分溶出はないとされている。


 ソーダガラスは俺の認識では普通のガラス。珪砂にソーダ灰と石灰などを混ぜて作られたガラスだ。ガラスとしては軽くて丈夫、普段使いならこっちだ。


 ルリ色はコバルト、酸化銅はスカイブルー、濃い赤は銅、明るい赤は金。紫と緑はまだ材料を手に入れてない。


 レッツェがなんか足を半端に浮かせて仰け反るような変な姿勢で固まっている。


「どれにする?」


「うん、わかった。ノートを呼んでこよう」

「何故!?」

ひどい! あと多分まだ帰ってない!


「こんな色のガラスなんか見たことねぇよ!」

「いや、あるぞ。赤いグラスは俺買ったし。それに家の中のものはノーカンだってノートもディノッソも了解済みだ」


 疑わしそうなレッツェの視線を真っ直ぐ受け止める俺。本当ですよ?


 レッツェが視線を外して、棚に飾ってあるナルアディードで買った赤いグラスを見る。


「――こっち見た後じゃ、あのグラスは濁ってる」

深いため息と一緒に吐き出すように言うレッツェ。


「お前、居間は二階にしたほうがいいんじゃねぇ? 三階でもいいけど」

レッツェの視線が扉と薪、棚に移って机に並んだものに戻る。


 薪の配達屋は定期的に頼んでるが、家の外に積んでもらって自分で階段下に運んでいる。だが、急な来客がないとも言えないし、一階は作業場にして二階に移すのもいいかもしれない。


 でも二階は一応、家具を入れて客室にしてあるんだよな、客の予定ないけど。ベッドマットは三階でどったんばったんやりました。


「ん、ちょっと考える。でも二階じゃ来づらくないか?」

「一階が店舗の家は多いし普通だろ」


 なるほど。日本でも二階がリビングも増えてたしそんなもんか。うーんでも、台所と倉庫考えるとやっぱり階段登るの面倒だな。よし、棚の一部に戸をつけて隠そう。あとは人用の扉を開けてすぐ中が見えないように衝立を一枚置こうか。


「そろそろバルモアへの残ってた奴らの当たりが落ち着いてきたぞ、一緒に行ったらどうだ? あんまり開くと今度はアメデオたちが戻ってきそうだし」

レッツェの言う残ってた奴らというのはもちろんローザの取り巻きのことだ。


 残った連中はディノッソたちを勧誘しようと、ここしばらくギルドにべったりだった。ローザたちほんたいも、せっかく北へ誘導したのにディノッソ――バルモアの名前に惹かれて戻ってきてしまう気配。


「ディノッソたちに森の奥に行く予定あるかな?」

ティナやエンとバクを中心に、ウサギ狩りでもいいけど。


「お前が行くって言えばできるんじゃね? 予定が」

「レッツェは?」

「どこまで行くかによるけど、俺は足手まといで行く意味ねぇだろ」

やる気のなさそうなレッツェ。


「俺のお手本、お手本」

「俺だけ命がけになりそうで不穏、不穏」


「一緒に子守りしよう、子守り」

「子どもも奥に連れてく気かよ」


 レッツェが呆れてる風だけど、二、三年で迷宮に連れ込むスパルタ計画立ててるからね? あの夫婦。カヌムに来るために万年雪のかかる山越えしてるし。


 頂上は通らなかったらしいけど、餌がなくて馬が越えられない場所を【収納】とディノッソの炎の精霊で暖をとってゴリ押しだったらしいからね?


 伝説な感じの冒険者の行軍を見てみたいというのもあるけど、それとは別にやっぱりレッツェの行動はとても勉強になるので。


「下手すると強さはともかく、子どもたちは俺よりたくましいかも」

「お前は思ったより子供っぽくってびっくりだよ、近くにいるとやらかしがひどいし。そのうちディノッソが胃薬欲しがるんじゃね?」


 ひどいことを言われている!?







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