第308話 予想外

「この後お暇でしたら、一緒に食事に行きませんか? できれば先ほどの苦労性……じゃない、トマスさんのお兄さんも」

採用は決定したものの、何で採用するかはまだ未確定。『精霊の枝』が有力だけど、枝が気にいるかどうかという問題もある。


 行こう、すぐ行こう。ソレイユの胃が無事なうちに。明日はノート紹介の魔法使いなんですよ! チャンスは今!


「ふむ……」


 だが、もう夕方だと却下された。爺さん手強い! 島のことを出すのは怪しすぎるかと思ったが、ストレートに誘ったほうが良かったかな? 仕方ない、さっき会ったばかりだし。諦めて撤退、きっと一ヶ月後にソレイユが心のオアシスとして採用するに違いない。


 ――そして翌日、俺はまたナルアディードの『精霊の枝』にいた。


 だって執事が三日後くらいに来ると予定を告げてきた、魔法使い本人がまだいなかったんだ……っ! 


「再び昼に誘いにきました」

「物好きな」

「ヘインズ様の名声を利用しようとしても無駄です。お引き取りを」

トマス兄のガードが固い!


「いや……。どうせ暇だ、付き合おう。不思議と懐かしい気分だ」

だがお爺さんのガードはゆるい!


 なぜなら今日は座布団という頼もしい助っ人を連れて来たのだ。


 座布団に聞いたら、今の神官長の前々代だって。迷宮で会ったあのしょうもないローブ男の父親の、養い親。前代だと思ってたんで、レッツェに前代の話しか聞いていない手抜かりっぷりの俺だ。


 前代は早くに引退した神官長の後見を受けてとか聞いた。どうやら爺さんはさっさと引退して、出自がはっきりしない前代の後ろ盾になっていたっぽい? もしくは権力争いからイチ抜けしたか。


 座布団とのやりとりは、ジェスチャーと俺の質問チョイスで成り立っているので細かい話は聞けないのが残念。でも座布団が再会できて嬉しそうなので、やっぱり欲しい人材だ。


 座布団が嬉しそうにお爺さんをつついているが、触れないらしい。いや、二十回に一回はちょっと反応してるかな? レッツェだって座れたのに、筋金入りの精霊に関われない人種のようだ。もしかしたら神官長の座を早々に譲ったのもこれが原因かもしれない。


「おじさま、どこかに行かれるの?」

廊下からちょこんと顔を覗かせるオレンジ色の髪の少女。


「アリーナ」

トマスの兄、改めオルランド君が少女の名前を呼ぶ。


「ああ、ここにいるニイ殿と一緒に昼を食べにな」

お爺さんが目を細めて少女に答える、さっきより明らかに一段優しい顔。あれか、もしや子供好きか? 前神官長も引き取ったんだよな?


 そしてアリーナと呼ばれた少女は、座布団をちらちらと目で追っている。見えてるな?


 ニイは俺の名前だ。領主になったことで姓も必要になり、結局ソレイユ・ニイになった。治めている土地――島も普通は領主の名前で呼ばれるんだが、俺への認識阻害だかなんだかが効いているせいか全く定着しなかった。


 かといって元の名前の以前の領主の名前で呼ぶわけにもいかず、不便なので島の名前をつけるつもりだったのだが、『青の精霊島』の名でもうそこそこ広がっているらしい。


「アリーナも行きたい」

「それは……」

「どうぞご一緒に」

オルランドの声にかぶせて言う。


「でも、歩く時は必ずおじさまかオルランドさんと手を繋ぐこと。勝手に動かないこと。守れる?」

「うん!」

座って目線を合わせて言えば、嬉しそうに返事をする。


 立ち上がって、お爺さんに笑顔を向ける俺。お爺さんは苦笑いで頷き、オルランド君は額に手をやり頭が痛そうな顔をしている。よしよし、いいぞオルランド君、君はソレイユときっと相性がいい。


「お兄さまとは手を繋いじゃだめ?」

上目遣いで首を傾げてくるアリーナ。


「いいよ」

手を差し出すと、アリーナが小さな手できゅっと握る。


 よし、人質はとった。出発!


 結局、俺とお爺さんと手を繋ぐという絵面的に困る暴挙に出たアリーナ。道がそう広くはないので、縦に並んだり横に並んだり。座布団がお爺さんを貫通したり、アリーナの頭に乗ったり。


「どこまで行くんですか? この通りを過ぎたらもう飯屋はありませんよ」

オルランドが不審そうというか、不安そうに聞いてくる。


「せっかくだから島で食べようと思って」

島の宿屋の食堂が昼は解放されているし、職人用の屋台も出ている。けっこう味がいいらしいので、食べてみたい。


「島?」

「青の精霊島。ほら、あの舟屋から舟を出してもらう」

指差す先には俺が懇意にしている舟屋がある。自分用の舟を預けてあるし、船頭を引退した老船頭にだいたい頼むんだけど、自分でも漕げるようになったので留守でもなんとかなる。


「は? 馬鹿ですか。島は渡航制限がかけられて――」

「おにいさま、アリーナは青の精霊島に行けるの?」

オルランドが半音高い声で何か言いかけたが、アリーナの朗らかな声に遮られる。


「ああ。昼飯に」

「私の精霊の枝様にも会える?」

キラキラした目で見上げてくるアリーナ。私の?


「――アリーナはアスモミイの姪だ」


 お爺さん、そういうことは早く言って!!!!!

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