第356話 聞きたいこと
「リシュ、ただいま。ごめん、酒臭いだろうから風呂入ってくる」
山の中の『家』に帰宅。
いつもは帰ったらそのまま留守番していたリシュと遊ぶことが多いのだが、今日はさすがに先に風呂だ。
リシュがいつもより念入りに匂いを嗅いでるし。酒臭いからか、俺が今日一緒にいた人数が多いからなのかは分からないけど。
風呂に入って牛乳を飲んで、歯を磨く。こっちの歯ブラシは柄が銀だったり動物の骨だったりで、毛束の部分は馬の毛や豚の毛などが植えられている。俺のは象牙ならぬ、魔物の牙の柄で豚背の毛を漂白して自分で作った。
金持ちの歯ブラシは金製、銀製、象牙、魔物の牙――やたら高い。そしてブラシ部分がすり減ると、植毛し直す。楊枝も装飾されていて使い捨てなんてとんでもない! みたいなの。なかなかすごい。
歯ブラシを買えない人は、指や布に歯みがき粉をつけて、磨いたり、木の枝の片方を噛んで房状にほぐして使ったり。房楊枝は江戸時代にもあったな。
歯磨き粉は陶器の入れ物に入ったすごく高価なものから、ただの塩まで。高いものは、油断しているとガラスの粉とか、特定地域の少年少女の小水とか入ってる罠がある。
尿に入っているアンモニアは歯を白くするからなんだろうけど、絶対嫌です。そういう訳で、最近は自分で歯磨き粉の調合をしている。
「リシュ、お待たせ」
テーブルの下で伏せていたリシュが走ってくる。
「今日は、千切れない綱もらってきたぞ」
なにせガムリが持ってきた綱は、『斬全剣』で二度斬りつけて切ったし。ぴんと張っていなかったからかもしれないけど、一度で切れなくって驚いた。
『斬全剣』の性能というよりは、俺の腕前っぽい。斬る方向に刃筋を意識して通すようにしないと。
切れ端と言われたが随分長くって、一体元はどれだけの長さがあったのか、想像がつかなかった。ご先祖様から伝わってる物だって聞いたので、全部もらうのは悪い気がして、予備の分を含めて二メートルほど切り取ってもらってきた。
「……」
リシュが綱を凝視している。
喜ぶと、身をかがめてたしたししたり、空気を大きく噛むような感じで、かぷかぷしたりするんだが、この反応は予想してなかった。妙に神妙な感じ。
とりあえず渡してみると、ものすごく本気で噛み始めた。噛み千切ろうとして前足で抑えてぎゅーと引っ張る。畑の穴掘りより熱心!
ひっぱりっこは諦めて、この綱はリシュの歯磨き用としてずっと置いとくことにしよう。そう思って、好きなようにさせた。
――朝起きたら、リシュはまだ綱を噛んでいた。
「リシュ、おはよう。寝なかったのか?」
声をかけると、びっくりしたような顔をして俺を見上げる。気づいてなかったのか。
散歩の際も咥えて運び、俺が畑をいじっている間も引きちぎろうと頑張っている。なんかの修行のようだが、夢中になるおもちゃがあるのは良いことだ。
そしてミシュト発見。
「ミシュト、おはよう。聞きたいことがあるんだが――」
「ごめんなさい。でも、この場所でってことは見ていないモノには分からないはずだから安心して!」
手を合わせてぎゅっと目をつぶり、空中で謝ってくる。
「あ〜。喧嘩したのか?」
聞きたかったことは別なんだが、それも確かめておきたい。地震の原因のことだよな?
「そういう訳ではないのだけれど……。リシュとヴァンが張り合って、ルゥーディルがかき回して、カダルが仲裁に入ったら巻き込まれて、イシュとパルは早々に諦めて、力を霧散させる準備をしてたんだけど、私とハラルファがそれを手伝いながら煽っちゃって。最終的に全員参加しちゃった」
なんか語尾に「てへっ☆」みたいな擬音が聞こえた気がした。
「……まあ、ここがバレないなら。でもほどほどにお願いする」
「は〜い。畑と果樹園、山は任せて。頑張るから」
罪滅ぼし? 新しく植え直した野菜も果樹も元気がいいのはそのせいか。水路を流れる水もやたらキラキラしてるし。
「ところで頼みがあるんだけど」
「なあに?」
にっこり笑ってミシュトが首をかしげる。
「ルゥーディルが作った冷風が吹き出るプレート、リシュは快適っぽいんだけど、俺の方は風が寒くて。暖炉みたいな構造を作って、風が抜けるようにプレートを設置しようと思うんだけど、他にいい方法があったら教えてくれるか?」
ミシュトが司るのは、恋と気まぐれの他に光と風。俺が聞こうとしたのは、冷風というより凍える風の対処法。
きょとんとした顔をしていたミシュトが笑い出し、教えてくれた。教えてくれたというか、見本を一つ作ってくれた。風を吸い込んで他の場所に吐き出す二つ組みの魔法陣だ。ちょっと島の井戸に設置した、水を出す魔法陣に似たところがある。
今日の午前中は犬小屋を作って、天井にこの魔法陣を設置しよう。ようやく部屋が極寒から春に……っ! もう片方はどこに置こうかな? 暑いといえばやっぱり島、俺の塔の台所か、隠れ家食堂か。
そろそろソレイユたちとの約束の時間、ふんふん上機嫌で島に【転移】。外の日よけの棚の下で待ってるか。
「って、何をしてるんだ?」
玄関を開けたらソレイユがすでに五体投地していたんだが。
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